『イキガミ』90点(100点満点中)
2008年9月27日、アミューズCQN、新宿オデヲン、池袋シネマロサにてロードショー 2008年/日本/カラー/133分/配給:東宝
原作:間瀬元朗 監督:瀧本智行 出演:松田翔太、塚本高史、成海璃子、山田孝之、柄本明

アナタは24時間後に死にますという「イキガミ」が届いたら?

漫画の映画化が最近目立つが、よもやこれほど高く評価できる作品に出会えるとは思わなかった。

現代日本に良く似た場所。この国では、「国家繁栄維持法」により安定した社会が実現している。それは全国の18から24歳の中から、1000分の1の確率で無作為に選び死んでもらう制度。通称・逝紙(イキガミ)を当人に配り、24時間後の死亡宣告を行う公務員(松田翔太)は、今日も様々な人間ドラマに立ち会うことになる。

わずかな犠牲で誰もが命の大切さを実感するこの制度により、犯罪も減り、活気あふれる社会が生まれるという設定。小学校入学時に国民へ一斉接種されるナノカプセルにより、誰かに理不尽な死が訪れる。イキガミを受け取った若者は、はたして残された24時間をどう過ごすのか。

瀧本智行監督は、SFの作り方を良く理解しているようだ。この手の思考実験ものは、とっぴな設定の影響を人々に予想させ、その後提示することで楽しませるのが基本。そのため、最初の設定以外のリアリティはより厳密に作られなくてはならない。そうでなければ、子供だましのバカ映画になる。

その点、映画『イキガミ』は様々な工夫が凝らされており、大人も安心して見られる。

たとえば一つだけ挙げると、イキガミをもらったある若者が、レストランに行く場面がある。どうせ死ぬなら最後に、食べたことのない高級料理をというわけだが、ここで注目すべきはウェイターの態度の変化だ。この短い場面の中には、「国家繁栄維持法」をこの作品世界の人々がどう受け取っているかが、コンパクトに描かれている。そして監督は、青年とウェイターの態度のたった二つで、この世界に対する「親しみ」を観客に生じさせ、同時に現実味を持たせてしまった。

監督はこうしたディテールを積み重ねることで、粗悪な実写SF映画にありがちな非現実感、バカらしさのようなものを払拭。観客が人間ドラマに集中できる土台を作り上げた。このジャンルにおいては、相当な腕の良さだ。「デスノート」の映画版は、彼のような才能にこそ任せてみたかった。

この原稿を執筆する時点で原作マンガを未読なので、比較については別の機会に譲るが、私はこの映画版から「負け組よ、あきらめるな」との、瀧本監督による力強い激励のようなものを感じ取った。

残り24時間の命なら、人間はこれだけ輝ける。君らにはもっと時間があるじゃないか、というわけだ。たしかに残り1日に比べたら、無限の可能性があるように思える。

なにしろこの奇妙な世界設定が、現代日本への皮肉になっていることは疑いない。

金持ち優遇、労働者を痛めつける「改革」を押し進め、社会の格差を広げた一方、落ちこぼれた人々への処遇は年々ひどくなるばかり。24時間後との明確な区切りはないが、国に見捨てられ、のたれ死ぬ人々はどれほど多いだろう。それは、1000人に1人どころではないかも知れない。カプセルで死ぬか、じわじわと搾取されて死ぬかの違いがあるだけだ。

ならば私たちも、この映画に出てくる「死亡予定者」のように、立派に生きることができるはず。映画の中の人物たちの行動に、現実味と説得力があるだけに、監督が投げかけるこのメッセージも素直に受け取ることができる。社会批判も忘れてはいないが、本作はそれだけにこだわらない。現実は現実と受け入れた上で、どう生きればいいかを伝えている。こうしたひねったやり方で前向きな主張を行うというのはとても良い。

なお本作は、星新一のショートショート「生活維持省」と世界設定が同じため、盗作ではないかとの指摘があり、著作権者との間でトラブルになっている。その結論はまだ出ていないが、先ほど書いた時代性豊かなテーマの面からも存在価値が高いだけに、とんだミソがついたという印象だ。

ダラダラと一人のケースを描くのでなく、イキガミ配達人を語り部として何人分ものドラマを入れ込んだ構成が良い。2時間の映画3つを三倍濃縮したかのような、無駄ないハイテンポな展開が気持ちいい。と同時に、様々なアラが隠れる副効能も生んでいる。

『イキガミ』はじつに優れた映画作品だ。上記のような解釈を無理にせずともいい。表面上の感動ドラマに涙を流すだけでも、(無意識のまま)監督のメッセージは心に届くはずだ。いい映画は、ちゃんとそうしたつくりになっている。



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