『ヨコヅナ・マドンナ』55点(100点満点中)
Like a Virgin 2008年9月、シャンテ シネほか全国順次ロードショー 2006/韓国/35o/116分/提供:アミューズ 配給・宣伝:ファントム・フィルム 宣伝協力:角川メディアハウス
監督・脚本:イ・ヘヨン、イ・ヘジュン 出演:リュ・ドックァン、ペク・ユンシク、キム・ユンソク、イ・サンア
女になりたい男子高校生が、韓国相撲にチャレンジ
性同一性障害を抱える男子高校生が、性転換手術の費用を稼ぐため相撲大会に出る。『ヨコヅナ・マドンナ』は、そんな過激な設定のスポーツ青春ムービー。
ぽっちゃり系の男子高校生ドング(リュ・ドックァン)の願いは、昔から憧れるマドンナのようになること。文字通り"女性"になる夢を実現させるため、港湾作業の力仕事で貯金を続けている。だが、落ちぶれた元ボクサーの父(キム・ユンソク)が酔って起こした事件の尻ぬぐいのため、大金を失った彼は、一攫千金を夢見て韓国相撲=シルムの世界に入るのだった。
主人公はいわゆるトランスジェンダーだが、同性愛に関する描写はややぼかされ、ソフトな印象にされている。そりゃそうだ、主人公は裸でぶつかりあう相撲をやるわけだから、このテーマにあまり深く足を突っ込むと生々しくなりすぎる。
それに韓国では、2000年に人気タレントのホン・ソクチョンがカミングアウトしたとき、国中から大変な非難を浴びて仕事を失うハメになった事でわかるとおり、まだこの問題はタブーの範疇。無理は出来ない。
ちなみに本作の中でも、ゲイやオカマに対する日韓の温度差をうかがえ興味深い。具体的には、ある日本人キャストが主人公に対して心ない一言を浴びせる場面。
おそらく日本の観客は、この人物が口にする台詞にビックリ仰天するはず。というのも、これは普通の日本人だったら、まず言うはずがない言葉だから。日本ではテレビのバラエティ番組にオカマ枠なんてのがあるくらいで、珍しくもなんでもない存在だから、いきなり激昂してあんな差別的罵倒をするはずがない。邦画だったら、間違いなく非現実すぎるとダメだしされるシーンだ。
そんなわけでこの映画、生臭い部分はさらりと触れる程度で、「旧来の価値観から抜け出せない父親との確執を描く」といった無難なラインを落としどころにしてある。全体的に音楽は控えめ、シリアス比率70パーセント程度のつくり。
主人公を取り巻く部員たちが愉快な奴らで、残り3割のコメディ要素を担当する。シルムを教える代わりに主人公の得意なダンスをレクチャーしてくれなどと懇願する巨漢の先輩。脇の下にめっぽう弱い先輩選手など、脳天気で気持ちのいい笑いを提供してくれる。
主人公が大好きな人の前でときめく場面では、その表情を中望遠で後ボケさせてとらえるラブコメ撮影。ちょっと気持ち悪いが、だんだん慣れてくるから不思議。
この調子でもっとコメディ側に振り、万人向けにしていれば、ハリウッドあたりがホイホイリメイク権を買ってくれそうだ。そして、おそらくその方がこのアイデアは生きてくる。
シルムで戦う見せ場については、競技の魅力が十分伝わる出来の良さ。とくに主将役のイ・オンが、学生時代実際にチャンピオンだった経験をめいっぱい生かした。鋭い眼光に均整のとれた肉体が魅力的だが、なんと今回20kgも増量したという。ちなみに主演のリュ・ドックァンも、一日6食で27kgものバルクアップを果たしたいうのだからデニーロも真っ青だ。
話は戻ってイ・オンだが、そんなわけで本物の強者のオーラをまとっており、脚本に前職のキャリアが生きた珍しい例となっている。本作の撮影後に交通事故死してしまったが、惜しい限りである。