『死にぞこないの青』20点(100点満点中)
2008年8月30日(土)より、シアターN渋谷ほか全国順次ロードショー 2007/日本映画/カラー/35mm/ヴィスタ/DTSステレオ/95分/PG-12/配給:ザナドゥー
監督:安達正軌 脚本:森岡利行 原作:乙一 主題歌:「アンブレラ」椿屋四重奏 出演:須賀健太、谷村美月、城田優

真っ青谷村美月が、いじめられっ子の凶暴な"味方"に

『死にぞこないの青』は、最近すっかり映画原作の定番となった乙一による、イジメ問題を題材にした同名小説の実写化。

とはいえそこはサービス精神旺盛な乙一のこと、単なる社会派文学ということにはもちろんならない。いじめられっ子のリアルな心理描写に加え、凶暴狡猾な"青い少年"が現れての復讐というホラー風味が加えられ、結末にはミステリ的な趣向も凝らされている。

映画化にあたっては、主題となる「いじめられっ子の絶望的な孤独」が描けているか、読者に感動をもたらす原作者の暖かい視点が再現できているかがポイントとなるだろう。

気が弱いが心優しい小学六年生のマサオ(須賀健太)は、新任教師の羽田(城田優)に目をつけられ、理不尽なイジメの対象にされる。やがて羽田の誘導によりクラスの皆も彼をいじめるようになる。ついに精神に限界がきたマサオの前に、全身真っ青で拘束衣を着た不気味な少女アオ(谷村美月)が現れる。彼女は弱気になっている彼に、復讐をそそのかすのだった。

経験の浅い教師にとって、クラス運営の成否は死活問題。この映画に出てくるイケメンの若い教師は、その方法としては最も残酷で許されざる手段をとった。すなわち生徒の一人を生贄とし、自らの未熟さによる生徒らの不満の防波堤とするやり方だ。

要するに、一人をいじめていれば皆がまとまるということ。悲しいかな、会社から国際政治まで、似たようなやり方で組織の平安を保つケースは珍しくない。これはそんな既存の秩序へ、弱者側から一矢報いる物語。恐ろしい場面もあるが、基本的には主人公ガンバレなお話である。

ところがどっこい、この映画版には肝心のいじめの構図にまったく説得力がない。安達正軌(あだちまさき)監督には、ディテールをもっと大事に、そしてリサーチと演技指導をしっかりやってくれと言いたい。

いじめというものは、特に学校内のそれは、たいてい軽微なからかいから始まる。笑いものにしやすかったり、いじりたくなるタイプの奴がいじめられる。この映画のように、ある日突然男も女も、昨日までの親友やグループまでも、クラス全員が一丸となって一人をいじめ始めるというのはあまり現実的ではない。このクラスだけ性悪ウィルスにでも感染したか、あるいはストーリーを先に進めたいだけのご都合主義に見えてしまう。

いじめられる少年も、もっとキョドった雰囲気をかもし出していたほうがよい。もしくは、イジメの進行とともに自信と尊厳を失い、徐々にそうした雰囲気にならなくてはいけない。

だが須賀健太くんは、悲しいかなイジメられっ子にはまったく見えない。体も小さくないし、顔つきもハンサムで自信満々な感じがする。どのクラスに入っても、人気者になるタイプだ。たとえ多少いじめられても、相当な耐久力があるように見える。監督の演技指導が適切に行われていない証左である。

教師の狡猾さも足りぬ。大人が子供をいじめるという圧倒的な暴力を描くには、彼が自ら手を下すのでなく、クラスの力関係を把握し、それを利用していじめる形にすべきだ。でなければアオなんて気味悪い生き物が生み出される説得力が生まれてこない。そこまで子供が追い詰められてしまう絶望が見えてこない。

そのアオが出てくるタイミングも早すぎる。映画館の閉店時間が迫っているから出てみました、とでもいわんばかりに、まだイジメの初期段階で登場する。こんなに簡単に半裸の谷村美月が出てくるなら、私としては喜んでイジメられっ子に立候補する。

アオは少年だった原作と違って、なぜか少女という設定。主人公がイジメに抵抗できるようになると、アオの顔の傷が徐々に消え、中から美少女が現れるという、谷村美月ファンにこびているとしか思えぬ仕組み。この脚本家はアオ萌えを流行らせたいのか。

ホラーとしても壊滅的なダメっぷり(つまり怖さがない)。夜中にアオと登場人物の一人が不意に出会う場面があるが、あの程度の驚きですむわけがない。いくら谷村美月が可愛いからといって、あんなデスラー総統のような顔色の女が突然目の前に現れたら、私ならショック死する。ここでも演技指導の不足が露呈している。

安達正軌監督は、「ZOO」(2004)で乙一作品の映画化を、「輪廻」(2005)や「呪怨」(2002)の脚本では本格的なホラーサスペンスを経験した実力派だが、今回は残念ながら不発だった。

子役に演技をつけるのは難しいと思うが、子役に勝る名優なしというように、うまくやれば彼らはすごいパフォーマンスを見せる。次回はそのあたりを念頭に、ぜひ傑作をモノにしてほしいと思う。



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