『この自由な世界で』80点(100点満点中)
it's a free world… 2008年8月16日(土)より、渋谷シネ・アミューズほか全国順次公開 2007年/イギリス/カラー/96分/配給:シネカノン
監督:ケン・ローチ 脚本:ポール・ラヴァティ 撮影:ナイジェル・ウィロウビー 音楽:ジョージ・フェントン 出演:キルストン・ウェアリング、ジュリエット・エリス

ケン・ローチが描く「奪い合う労働者」

弱肉強食の新自由主義は格差社会を拡大し、この日本でも最底辺の労働者の危機感は相当なものがある。

私は仕事柄、たまにその手の集会を見に行くことがあるが、たいていは盛況である。そこで語られる派遣労働者やシングルマザー、障がい者や引きこもりたちの現状の訴えは深刻で、聞いているだけで怒りで涙が出てくる。

そんなとき、どうしても労働者は善人で支配側は極悪守銭奴といった単純化をしてしまいたくなるが、もちろん現実はそうではない。

むしろ、虐げられた最下層の人間がなんとか這い上がったとき、かつて自分がいた層に対して想像を絶する残酷さを見せるときがある。すなわち、奪われる側から奪う側へ回るものたちである。

『この自由な世界で』は、まさにその点を明らかにした社会派ドラマ。常に労働者階級の暮らしを見つめてきたイギリスの名匠ケン・ローチが描く、「奪い合う労働者」の物語だ。

一人息子を抱えるシングルマザーのアンジー(カーストン・ウェアリング)。勤め先の職安を理不尽な理由でクビになった彼女は、思い切って友人のローズ(ジュリエット・エリス)と私設の職業紹介所を開業する。持ち前の根性と長年培ったノウハウを駆使して、事業を軌道に乗せつつあったアンジーは、あるとき不法移民の労働斡旋を持ちかけられる。国外追放を恐れるあまり従順な彼らは、通常よりはるかに安い給料でよく働く。おまけに劣悪な環境にも文句を言わず、ピンはねもし放題。いくらでも儲かるというのだ。

アンジーはもともと、困った人を放っておけない優しい人間である。不法入国者の一家をどうしても見捨てられず、違法を承知で仕事を与えてやったりする。

ところがやがて、彼ら不法移民からならいくらでも搾取できると悪知恵を吹き込まれる。人として、決して踏み越えてはいけない一線である。そこでアンジーはどうするか。

もともと彼女はただの労働者だから、開業したといってもやってることはかなりいい加減。いつもどんぶり勘定で税金なんかの処理も適当。ばれたらヤバい綱渡り経営だ。

だいたい職業紹介といっても、知り合いのパブの前に無職の怪しげな連中を集めて、ワゴン車に詰め込んで建設現場に連れて行くだけ。ようは日雇いのあっせんにすぎない。あいりん地区や山谷の交差点で手配師がやってたような、法的にもかなりグレーゾーンな業務である。

こんなもの、裏社会の利権とバッティングするから普通は誰も手を出さない。だが世間知らずというか無鉄砲というか、なんとしても最下層を抜け出したい一心でアンジーは突っ走る。この過程はやたらとリアルだし、スリリングで目を離せない面白さがある。

せめて新しい事務所を借りるまで、もう少しだけ儲けたらやめる、そう、もう少し、あと少しだけ……。そんなアンジーの心理は、手に取るように理解できる。ギャンブラーが自滅するときの心理状態とまったく同じだ。

だがこの話の、さすがケン・ローチなところは、ラストにおける彼女の運命をあのようにした、という点につきる。彼女のような人物がああなるこの世界への、強烈な批判精神をこめているというわけだ。ブラックジョークではなく、現実的な恐怖感、焦燥感を感じさせたまま映画を終わらせることで、社会に対する問題提起としてはきわめて優れた形になっている。

前作でパルムドール(カンヌ映画祭最高賞)を取り、まさに絶好調といった感じ。この最新作も、さすがの完成度を誇る。英国の実情を描いているが、新自由主義が世界中に広まった現在、このテーマはもはや普遍的なものだ。興味のある方は迷わず映画館へお出かけを。

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