『崖の上のポニョ』55点(100点満点中)
Ponyo on the Cliff 2008年7月19日 日比谷スカラ座系ほか全国東宝系ロードショー 2008年/日本/カラー/101分/配給:東宝
スタッフ 原作・脚本・監督:宮崎駿 音楽:久石譲 声の出演:山口智子、長嶋一茂、天海祐希、所ジョージ

宮ア駿最新作はすべてが手描きのアニメ

宮アアニメに何を期待するかは人それぞれだが、『もののけ姫』(97年)以降の作品に満足できない、つまりは80年代の諸作品に夢を与えられた人々にとっては、今回も「またか……。」と嘆く事になろう。いまでも『ルパン三世 カリオストロの城』(79年)の幻想を追いかけ、諦めきれないファンも決して少なくないと私は考えている。だが、彼らが満足する日はもう永遠に来ないのかもしれない。

父親が海に出て以来、母親(山口智子)と二人で暮らす5歳の宗介(土井洋輝)。崖の上に立つ自宅の下の岸壁で、彼はビンに頭をつっこみ抜けずに困っている奇妙な魚を発見する。連れ帰ってバケツに離してやると、どうやら息を吹き返した。そのさかなに不思議な力があることを知った宗介は、ポニョ(奈良柚莉愛)と名づけ愛情込めて育て始める。

4年ぶりの宮ア駿監督作品は、動くものすべてを(CGでなく)手書きで描いた素朴な雰囲気の童話的作品。宗教色を排除した和風人魚姫といわれる通り、5歳の男の子と小さいおさかなの恋のような感情を中心に据えている。

もっとひらたく言えば、ハム好きの人面魚が5歳のボーイフレンドのために人間になりたがるお話。スカートのような尾ひれをヒラヒラさせて泳ぐポニョはとっても可愛らしい。意地悪な父親がいて、ポニョを海底に連れ戻そうとするのがサスペンス要素となる。

単純極まりないお話ながら、いくらでも深読みできる内容。ポニョの父親がどう見ても人間なのはなぜなのか、津波被害の詳細はどうなのか、父親が作っている命の水とはなんなのか。全編謎に満ちているが、説明はあえて放棄されている。

これが何ともおさまりが悪く、押し寄せる波やあふれる古代魚、落ちてくる月、ポニョが過剰反応する謎のトンネル、老人ホームの人々など、死をイメージさせる要素があまりに多すぎて、個人的には異様な鑑賞後感を味わう羽目になった。「神経症の時代に向けて作った」というが、むしろこの作品こそがパラノイア的で気味が悪い。絵本調のパステルカラーによる妙に明るい雰囲気とのギャップがその思いに輪をかける。

そうした意味では、これを何の疑いもなくハッピーエンドのかわいらしいお話、と見られる人は幸福といえるだろう。

現代のアニメーションながら、手描き(彩色はデジタル)というのが一つの話題になっている。過去のスタジオジブリ作品とはまったく違った外見だから、これまでのものを気に入っていた人には不評となるかもしれない。波の表現などに創意工夫が見られるが、一番見栄えがするのは昔ながらのカーチェイスというあたりが皮肉。無論、多くの人々が望むのもこちらだろう。

宮ア監督が手描きに回帰した理由はミレーの絵に感化されたからというのが定説だが、私はジョン・ラセターとピクサー作品の隆盛が大きいのではないかと想像する。つまるところCG技術の行き着く先はラセターによるピクサー映画であり、まだまだ伸びる余力を残す彼らの圧倒的な力を見て、天才宮アが出した答えがポニョなのではないか。なおそのラセターはディズニーで、手描きによる最新作を制作中。きっと物凄いものを出してくるのだろうが、その際には本作と真っ向から比較されることになろう。

声優については毎度のことなので詳しくは語らない。子役二人には癒されたが、その他のキャスティングは予想通り、納得の仕上がりですねというほかない。字幕で見られる外国人はとても幸せだ。

エンドクレジットはびっくりするほど短いが、聞くと通常並の人数が記載されているそうだ。決して少人数で作った低予算作品というわけではない。だが受ける印象は作家性の高い、実験的な小品といったところ。悪い作品ではない、それどころか優れた面が多々あるいい映画とは思うが、ジブリ&宮ア駿に期待するのはこんなものではないというのが正直なところ。



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