『告発のとき』85点(100点満点中)
In The Valley of Elah 2008年6月28日(土)より有楽座ほかTOHO系全国ロードショー 2007年/アメリカ/カラー/121分/配給:ムービーアイ
監督・脚本:ポール・ハギス キャスト:トミー・リー・ジョーンズ、シャーリーズ・セロン、スーザン・サランドン
イラク帰還兵が巻き込まれた驚愕の事件の映画化
『告発のとき』は、"実話を基にした映画"。つまり、映画にしたくなるほどビックリする何かが、コトの真相に含まれているわけだ。だがそのネタの良さに安心して工夫のない仕事をすれば、単に過去の事実を再現しただけの退屈な後書きが出来上がるだけ。じっさい「実話の映画化」の中には、そうした凡作、時間のムダ的失敗作が少なくない。しかし、それなら優秀な記者が書いた1ページの記事を読んだほうがはるかにマシなのだ。
04年11月、軍警察を定年退職したハンク(トミー・リー・ジョーンズ)のもとに、イラク帰還兵の息子マイク(ジョナサン・タッカー)が行方不明との知らせが入る。無断離隊は重罪であり、軍人一家としては赤っ恥もいいところ。ハンクは単身で聞き込みを開始し息子の行方を追うが、やがてマイクの他殺体が発見される。軍警察の反応の鈍さに閉口したハンクは、男社会の地元警察でシングルマザーとして孤立ぎみの刑事エミリー(シャーリーズ・セロン)の協力を得て、独自の犯人探しをはじめる。
『告発のとき』が「実話の映画化」として優れているのは、この驚くべき事件をワクワク感たっぷりのミステリードラマに味付けると同時に、強烈なメッセージをこめた超一流の政治映画に仕立てた点。「クラッシュ」(04年)がアカデミー賞で絶賛されたポール・ハギス監督の、これが第二作目というのだからその手腕には驚くほかない。単なるいち実話を元に、ここまで奥深い映画作品を作り上げた例は珍しい。
ひとりのイラク帰還兵が、誰になぜ殺されたのか。これが明らかになると、抗いようのない運命のいたずら、意地悪さ、物事の悲しいまでの矛盾に観客はショックを受ける。
ラストシーンのハンクの心情に例えられた現代アメリカの苦悩については、「お前らが勝手に始めといてなにを勝手言ってやがる」とあきれ果てるが、ここに至るまでの映画作りの巧みさについては素直に褒め称えたい。
本編終了直後はそんなわけで(愛国的米国人以外は)思わず腹が立つわけだが、さらに憎らしいことにこのポール・ハギスという監督は、このラストシーンで自分も混乱しているふりをして、実際は完全に「わかっている」様子がうかがえる。
そうでなければ原題にもある巨人ゴリアテの話、前半と後半のあの違い。おそろしく意地の悪いあんな演出はまず出来まい。ほかにもトミーリーとスーザン・サランドンの電話シーン、息子との同じく電話シーン、このわざとらしい繰り返しで強調される無力感等々、最後まで翻弄されっぱなしだ。
すべてが終わり、監督のこうした計算高さを感じ入るにつれ、大いに感心する仕組みである。
役者たちもいい演技をしている。トミー・リー・ジョーンズの追跡者ぶりはいわずもがな、わずかな登場シーンながらスーザン・サランドンの涙も心に焼きつく。そして何より、当て書きされた(つまり、この脇役がきわめて重要ということ)女刑事役シャーリーズ・セロンの人間味あふれる役作り。彼女の役柄は映画が伝えるメッセージを読み解くための重要な鍵となる。
普通の犯人探し=フーダニットとしてもそこそこ楽しめるが、やはりこの映画は表面的な物語の背後に、現代の世相をあてはめ深読みするタイプの人に向いている。そういう観客が、十二分に味わえるだけの深みを持っている。