『痛いほどきみが好きなのに』55点(100点満点中)
The Hottest State 2008年5月17日(土)より、新宿武蔵野館ほか全国ロードショー 2006年/アメリカ/117分/配給:ショウゲート

イーサン・ホークの自伝的小説を映画化

個性的な作品に出演し続ける俳優で、小説や脚本も書けば監督もできる。そんな多才なイーサン・ホークの、集大成のような映画が『痛いほどきみが好きなのに』だ。

ニューヨークで新米俳優として暮らすウィリアム(マーク・ウェバー)は、行きつけのバーで出会ったサラ(カタリーナ・サンディノ・モレノ)と恋に落ちる。ウィリアムは新作映画の撮影地メキシコにサラを連れて行き、わずか1週間で結婚まで誓う仲になる。だが先に帰国した彼女に再会すると、まるで別人のようなよそよそしい態度に変わっていた。

『痛いほどきみが好きなのに』は、失恋の危機を前に混乱に陥る男の心理を描く恋愛ドラマ。主人公はわずか二十歳の若者で、これまではせいぜい気軽な女遊び程度の恋愛経験しかなく、本気でのめりこむのは始めてだ。

だが運悪く、相手は一筋縄ではいかぬオトコ翻弄型の女の子。ある種のトラウマを背景にもち、「何としても自立したい」との強迫観念じみた思いにとらわれている。歌手を目指す夢と目の前の恋愛、その二者択一を迫られているとのガンコな思い込みがあまりに痛々しい。要はこちらも子供じみている。

子供と子供の恋愛は、はたから見ると危なっかしくて見ていられない。そんな10代からせいぜい20代前半の、後先考えず相手に気持ちをぶつけられるわずかな期間の恋特有の破壊的な経緯がうまく描かれている。心の動きという面で、共感を感じる人はきっと多いだろう。若者はもちろん、元若者にも。

私がおすすめする見所は、主人公が何回も何回も続けて彼女に電話をし、そのたび留守電にメッセージを吹き込む場面。一見ストーカー顔負けの暴走だが、どこか憎めない。乏しい経験と想像力、そして過剰な男性ホルモンのせいで混乱する若い男のこっけいともいうべき哀れさが表現されていて面白い。

原作はイーサン・ホーク(監督・脚本・出演)自身による小説で、相当部分実体験に基づくという。その意味では彼の私的な一面をこれまでにないほど見せた作品といえるだろう。

それにしても、これほど内容を明確にあらわした邦題もない。恋愛の甘さではなく苦味を、それも男の味わうそれに特化して描く珍しい一品である。



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