『ミスト』90点(100点満点中)
THE MIST 2008年5月10日(土)より、有楽町スバル座ほか全国ロードショー 2007年/アメリカ/125分/配給:ブロードメディア・スタジオ

スティーブン・キングの原作を変更、凌駕した大傑作

フランク・ダラボン監督とスティーヴン・キング原作のコンビには、「ショーシャンクの空に」「グリーンマイル」という傑作がある。鬼門とさえ言われるほど難しいキング作品の映画化を、ほとんど唯一成功させているのがこの監督なのだ。だから、ファンに人気の中篇『霧』をフランク・ダラボンが手がけたのはある意味必然。そしてその期待に彼は、三たび完璧にこたえた。映画『ミスト』は、必見の衝撃作である。

メイン州の田舎町。荒れ狂った台風が去った翌朝、物資の買出しに地元のスーパーマーケットに集まった住民らを、今度は視界ゼロの霧が襲う。ちょうど買い物に来ていた主人公デヴィッド(トーマス・ジェーン)と幼い息子のビリー(ネイサン・ギャンブル)は、やがて霧の中に恐ろしい"何か"がいることに気づく。

ホームセンターのような巨大な雑貨店が深い霧につつまれる様子は大迫力で、まさに映画芸術の真骨頂。

そして本当に怖いのは霧の中の何かではなく、店内の人々の疑心暗鬼(この点、同日公開の邦画「ひぐらしのなく頃に」と同じだ)。「霧は神の裁きだ、生贄をささげよ」とのたまう変わり者の宗教オバサン(マーシャ・ゲイ・ハーデン)が、やがて人々の支持を集めていく展開にはぞっとする。小さい町だから住民同士はみな知り合いなのに、徐々にギスギスした雰囲気となって勢力が二分し、一触即発の状態になる。これは本当に恐ろしい。

映画『ミスト』が素晴らしいのは、こうした丁寧な流れの中で"絶望"をうまく描いたこと。的確な伏線の積み重ねは、観客さえも諦めざるを得ない心境に導いていく。音楽の使い方もうまく、後半にいくに従って変化をみせるそれは、目立たないがかなりの効果をあげている。

ところで本作は、原作とは異なる結末を持つ。監督があるときこれを思いつき、うひょひょ気分でキングにメールしたところ、「それにしていいよ」とOKが出たので採用したという。そんな大事な変更をメールのやりとりで決めていいのかと思わなくもないが、当のキングは「先に思いついていたら自分もこれにしたのに」と悔しがったそうだから相当なモンである。

そんなわけでキャッチコピーの「映画史上かつてない、震撼のラスト15分」とはこの変更された結末のこと。

こういうものは大抵過剰広告だが、本作に限っていえば良心的な「過小表示」である。そう、この結末は凄まじいなんてものじゃない。もちろん、原作をはるかに超えている。それは、インパクトの意味で凌駕したというだけでなく、テーマがはっきりしたという点で優れたものと私は評価している。

『ミスト』を見ると、観客も映画を作ってきた人々も、神に対しいかに傲慢であったか気づかされる。本来、神にしか許されない裁きを、キミたちは無意識のうちにおこなっていたんだよと、この映画は突きつけてくる。

神からみれば人間などとるに足らぬ存在であり、マザー・テレサのような善人だろうが連続猟奇殺人犯だろうが米粒のごときものでほとんど差異はない。こうしたキリスト教(一神教)の、一見冷酷に見える考え方は、とくに私たち日本人にとっては衝撃以外のなにものでもないだろう。

この映画で私たちが感じるショックは、つまりそういう事なのである。

しかし、そのキリスト教の発想こそが、民主的な司法制度、とくに懲役というシステムを発明したのだから、一概に感情的に否定は出来ない。つまり、人間が犯した罪を人間ごときが裁いてはいけない=結局のところ神しか裁けないのだから、悪いことをした奴はとりあえず一時的に隔離した上で、あとで社会復帰させてやりましょう(許してやろう)、というわけだ。

こういうアイデアは一神教の宗教社会の中でこそ生まれ、容認される。今でも死刑制度が、日本よりはるかに凶悪犯の多い欧米で嫌われている理由もこのあたりにある。逆に、日本で死刑を容認する人が多い理由も、日本がキリスト教社会の共通認識(人が人を裁くのはゴーマンである)を持っていないからに他ならない。

『ミスト』は、当の彼らさえ忘れつつあったこの考え方をガツンと直球でぶつけてくる。それはすなわち、現代アメリカがそれほどまでに傲慢になってしまったぞという警告であり、猛省せよというメッセージにほかならない。このサイトの読者にはしつこいほどに伝えているが、『ミスト』も近年の米映画(みんなで反省しよう!)の流れの中にあるということだ。

あまりにお灸が強すぎて、しばらく再見する気にはなれないが、これはまぎれもない傑作。たとえ外見はそう見えても、決してお気楽オカルトホラーなどではない。一度は見ておくことを強くすすめたい。



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