『王妃の紋章』75点(100点満点中)
CURSE OF THE GOLDEN FLOWER 2008年4月12日(土)より東劇他全国ロードショー 2007年/中国/カラー/114分/配給:ワーナー・ブラザース映画
中共プロパガンダ崩れ
中国きっての人気監督チャン・イーモウは、同時に北京政府の大イベントによく関わる事でも知られている。北京五輪の開会式も、もちろん彼が手がけている。
さて、そんな大事な年に、中国史上最も絢爛といわれる五代十国時代の王家を描く超大作が公開ときた。聞けば06年の香港を皮切りに、欧米各国を経ていよいよ日本公開ということだ。間違いなくオリンピック開催を念頭に置いた、海外向け中共プロパガンダの一環であろうと察しがつく。
ところが、いざ鑑賞するとそう単純に言い切れぬ奇妙な点が目に付いた。はたしてこの、見るからにいかがわしい大作映画の正体は何なのか。
後唐時代の中国。世に君臨する王(チョウ・ユンファ)は、皇太子(リィウ・イエ)と不倫する王妃(コン・リー)に薬と称して遅効性の毒を盛っていた。真相に気づきつつも拒否できぬ妃を見て、勇猛で知られる第二王子(ジェイ・チョウ)も何かを察知するが……。
ハリウッドの二分の一、三分の一の予算で作れるといわれる中国で、50億円近い製作費をかけただけあって、そのゴージャスっぷりは筆舌に尽くしがたい。ゴールドの甲冑や衣装に300万本もの菊の花、延べ数キロメートルにもわたるシルクの絨毯等々、そのエピソードを上げればきりがない。「HERO」「LOVERS」など、大胆な色使いの芸術的なルックスで知られる近年のチャン・イーモウ作品の中でも、これは群を抜いている。
俳優陣も、香港台湾などアジア各国のスターをかき集めた豪華版で、映画ファンならウットリといったところだろう。
話の内容は、家庭内不倫に端を発する大戦争。金ぴか一族の家族ゲンカだ。見た目に反比例したちまっこいストーリーに泣けてくる。「雷雨」という、伝統的な舞台劇に基づいているらしい。
さて、冒頭で書いたとおり、かつての栄光を描くことで、偉大なる中国を刷り込むプロパガンダだろうと誰もが期待、いや予想するこの映画。じっさい、歴史映画風に装っているが人物も内容も完全なフィクションだ。ところが、見ていると恐ろしいほどあの国の特徴を的確に現す部分が多すぎて驚かされる。
家族の絆がたやすく決裂するくだりは、分裂を繰り返してきた歴史と一致するし、一族であろうと裏切り者は容赦なく惨殺する姿は易姓革命の厳しさを表している。しかもその殺し方がひどい。あえて詳しくは書かないが、こういう残酷性は我々には思いもつかない。
また、登場人物が「与えられたもの以上」を欲しがる姿は、覇権主義たる中華思想そのもの(なんたって、一度も支配したことのない台湾やチベットを"わが領土"と主張するくらいだ。ほっとけば沖縄も九州も自国領土と主張するに違いない)。
自分勝手な理屈で何万人もの自軍の命を捨てさせるリーダーなど、無茶苦茶もいいところ。クライマックスの大戦争は、不倫というちっぽけな原因による結果としては、被害が甚大すぎて笑える。命の値段あまりに安すぎ、バーゲンセールもいいところだ。
そんなわけでこの映画の見所をまとめると、全部で3つ。まずは常識はずれの大量虐殺法、次に、寄せて上げすぎのオッパイ衣装、最後に中国の偉大さを描くはずが、正反対の本性ばかり見せるハメになってしまった失敗プロパガンダとしての側面。
それにしても久々に強烈なものを味あわせてもらった。距離を置いて映画を見られる性格の人には、これはオススメだ。