『ノーカントリー』70点(100点満点中)
NO COUNTRY FOR OLD MEN 2008年3月15日(土)よりシャンテシネほか全国ロードショー 2007年/アメリカ/122分/R-15/配給:パラマウント/ショウゲート
アカデミー賞最多4部門を受賞した、コーエン兄弟最新作
最多4部門を受賞し、今年のアカデミー賞最大の話題作となった『ノーカントリー』は、噂どおりの味わい深い一品であった。
ベトナム帰還兵のモス(ジョシュ・ブローリン)は、テキサスの荒野で狩をする最中、銃撃戦の跡と思しき死体の山を発見する。そこで麻薬と200万ドルの現金を見つけ、思わず持ち逃げしたモスは、しかし追っ手に気づかれてしまう。その瞬間から彼は、殺人マシンのような暗殺者シガー(ハビエル・バルデム)に追われるハメになる。
ハイエナのように死体から金をあさる男とそれを追う化け物のようにタフな処刑人。事件の残虐さと異常性に、ただただ無力感をつのらせる昔気質の保安官(トミー・リー・ジョーンズ)。この3者を主人公とするクライムアクションだ。
のっけから強烈な殺害場面。ヒクソン・グレーシーよろしく相手の後ろに回り、へびのように絡み付いて変則チョークスリーパーで窒息死させるそのシーンは、異様なまでに長い時間をとって、被害者が息絶える様子を観客に見せつける。
のちに映される現場には、リノリウムの床をゴム底の靴がひっかいたと思しき生々しい無数の跡が見える。この映画が、生半可な犯罪映画ではないという宣言である。
とはいえ本作を、"おかっぱ頭で家畜銃を振り回すクールな殺人鬼"と"大金持ち逃げ小悪党"の追跡劇とみると、それほど面白さは感じられないだろう。
むろん、家畜銃(と畜銃=牛の額に打ち込み気絶させる空気銃)で人の頭に穴を開けて回るシュールな殺人場面や、コーエン兄弟作品としては珍しく音楽無しで、テキサス・メキシコ国境周辺の不穏な空気感を表現したあたりは、ある種の見所ではある。だがそれだけなら「理不尽で残酷な殺人シーンを羅列する、乾いた雰囲気の恐ろしい映画」に留まってしまうことだろう。
それよりも本作品の魅力は、この不条理な物語がいったい何を語りたかったのか、鑑賞後何日間も考えずにはいられない点にある。
私は現時点で原作を未読なので、映画の中身と原題から想像するほかないが、それでもこの奇妙な犯罪劇がアメリカという国(とその歴史)を象徴的に表していることは想像がつく。とするならば、世間の常識からはとっ外れていても、自分なりの絶対的なルールに基づき行動する殺人者は、国際社会におけるアメリカの振る舞いそのものと見ることもできる。
その殺人者は、仕事(ベトナム帰還兵の追跡と金の奪還)を結局どう終えることになるのか(成功するのか失敗するのか)。さらに、その後"ルール"に拠って起こした最後の殺人(去り際に靴裏を気にするしぐさが不気味極まりない)のあと、どのような運命をたどるのか。そこにこの作品の最重要ポイントがあるように思えてならない。ちなみに私は、"あのシーン"の信号の色をみて、なるほどと思うところがあった。
解釈は見る人それぞれと思うが、映画の最初から最後まで「昔はまだ良かった、今はひどい」とぼやき、嘆き続ける老保安官の言葉が、とりあえずこの作品を読み解くための最初の鍵となろう。
コーエン兄弟監督作品の初心者にはオススメしがたいが、映画を見慣れた方ならきっと満足していただける、そんな奥深い一本といえる。