『明日への遺言』70点(100点満点中)
Best Wishes for Tomorrow 3月1日(土)より渋谷東急ほか全国松竹・東急系にてロードショー 2008年/日本/110分/配給:アスミック・エース

日本人としての誇りを失わず、戦犯裁判を戦い抜いた男の物語

戦勝国の一方的な論理でA級戦犯らを裁いた東京裁判の欺瞞は、近年の保守ブームで一般にもだいぶ知られるようになってきた。しかし、B級戦犯とされた岡田資(おかだたすく)中将が、命がけで米国側と法廷で戦った史実については、まだそれほど知られてはいない。

『明日への遺言』は、その法廷闘争の様子を描くことで、現代の日本人が失いつつある"真摯な生き方"を伝えようとする歴史ドラマ。

昭和23年3月、スガモプリズン(巣鴨拘置所)。そこには元東海軍管区司令官・岡田資中将(藤田まこと)が収監されていた。彼とその部下たちの起訴理由は、38名の米軍捕虜を不当に処刑したというものであった。しかし岡田は、無差別爆撃は国際法上の戦争犯罪であり、その実行者である彼らはジュネーブ条約でいう捕虜にはあたらないと主張。弁護人のフェザーストン(ロバート・レッサー)と共に、検察側と真っ向から対決するのだった。

ここで捕虜とされる38名は、名古屋市街へじゅうたん爆撃を行ったB29の搭乗員。撃墜されたあと脱出し、岡田の部隊に捕らえられた米兵たちだ。これを、捕虜として手厚く保護しなかったということで、岡田中将はB級戦犯とされ、法廷に立つことになった。

客観的に見れば岡田中将の主張は正論であり、単なる言い逃れの類ではない。そもそもこの法廷は"A級戦犯"らを裁いた時と同じく、最初から結果が知れている茶番劇。あわよくば助かろうなどという気は彼には一切ない。ただ自らの信じた正義を世に示し、罪を一身にかぶることで部下の命を救うことを目的に、決死の戦いに挑んだのだ。道徳がたるみきった現代に生きる私たちにとって、その潔い姿から学ぶものは多い。

ちなみに絨毯爆撃とは、一定の面積を爆弾で焼き尽くし"面の制圧"を行う空爆方法。90年の湾岸戦争でも、当時話題になったハイテク爆弾によるピンポイント爆撃より、じつはこの旧態依然とした無差別爆撃のほうが主流であり、かつ大きな効果をあげていたといわれる(ちなみにその後のイラク戦争では、米軍の空爆戦略は大きく変わる)。

そして戦争末期の日本国民にとって、物量に任せたこの米軍の非道な作戦は、とてつもない恨みを買っていたとされる。そうした背景を、見る際に意識しておくとわかりやすい。

さて、映画はこの裁判を、しっかりしたリサーチと奇をてらわぬ構成により、ひたすら静謐に見せていく。藤田まことの悟りきったような表情も、この伝説的人物の崇高さをよく表している。部下たちとの最後の別れや、法廷で孫や家族と再会する場面などは、誰もが涙する名場面だが、そこにも余計な演出くささはない。その静けさが好ましい。

小泉堯史(たかし)監督は、15年ほど前、まだ黒澤明監督の助監督をしていたころ本作の脚本を書きはじめた。長年の熟成を経て完成したこの映画には、米国に対する恨みがましさも、規律正しい旧日本軍人への過剰な郷愁もない。行き過ぎた感情は、つまらぬ反米ムードにつながり映画を薄っぺらくしてしまうが、本作にその傾向はない。

むしろ、裁判で公正な弁護をおこなったフェザーストンや、岡田中将の助命嘆願をしたとされる検察側、裁判官らの姿を人情味ある人物として描いており、見ていて気持ちが良い。

つまり、古きよき日本人の姿とともに、アメリカの良い部分をも公正に描いている。そのためか、海外でも好評だったと聞く。

淡々とした大人向きのドラマだが、この良質さを多くの人に味わってほしいと私は思う。



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