『ヒトラーの贋札』70点(100点満点中)
The Counterfeiters/DIE FALSCHER 2008年1月19日より日比谷シャンテシネにてロードショー 2006年/ドイツ-オーストリア合作/96分/提供:クロックワークス、デックスエンタテインメント/配給・宣伝:クロックワークス
国家による偽札製造事件の真相
がんさつ、ではなく"にせさつ"と読む。マヌケな犯罪者がコピー機で作るようなチンケな代物ではない。ナチス・ドイツが軍事作戦として敢行した大プロジェクトを、紙幣贋造に従事したものの立場から語る、実話を基にしたドラマだ。
第二次世界大戦のさなか。ナチスは敵国イギリス国内経済に打撃を与えるため、大規模なニセポンド札の製造に着手する。各地の収容所から印刷技術の専門家のユダヤ人をかきあつめ、ヘルツォーク親衛隊少佐(デーヴィト・シュトリーゾフ)のもと、作戦は開始された。当時、一介の捜査官だったヘルツォークに逮捕されたニセ札作りのプロ、サロモン・ソロヴィッチ(カール・マルコヴィクス)も、リーダーとしてそこに加わった。
これまでの収容所と違い、柔らかなベッドやまともな食事が提供される"破格"の待遇。やがて彼らユダヤ人捕虜たちはポンド札の偽造に成功し、つかの間の開放感を味わう。この作戦が続く限り、彼らの命も保証されているためだ。
そしてご褒美に卓球台を支給されるが、ここは大きな見所。偽造チームは先述のとおり厚遇されているが、薄い板壁の向こうでは、"普通の"ユダヤ人捕虜たちが毎日理不尽な処刑をなされている。ドイツ軍人の気まぐれで、その場で簡単に撃ち殺されている。つまり、同胞が息絶える瞬間を彼らは毎日、音(銃声や断末魔)で見ているのだ。そう、気楽にピンポンに興じている最中にも。
同じ地獄ではあるが、ほんの壁一枚隔てたあちら側とこちら側では雲泥の差。その落差の激しさが、運命の過酷さを鮮明に伝えてくる。
ステファン・ルツォヴィツキー監督(「アナトミー」シリーズ)が「(この作品は)エンターテイメント」と言い切るだけあり、映画はサスペンスフルな演出のもと、退屈知らずのハイテンポな展開を見せる。たとえば仲間うちにわざと作業を妨害するヤツがでてきて、仲間の命を危険にさらしたりなど、次々と困難な問題が現れる。その男にしてみれば、ナチに有利な作戦に協力すれば、結果的に同胞の犠牲者が増えるという論理だ。正論だが、日々必死に生きながらえているチームにしてみれば、迷惑この上ない。
ただし、監督は彼らの行為やそうした反抗について、是とも非とも語らない。ベルンハルト作戦と呼ばれたこの実在の事件を、細部まで丁寧に伝えようとするだけだ。
秘密作戦として行われた数々の通貨偽造事件の中で、なぜナチのベルンハルト作戦に限って、これほどディテール豊かに映画として再現できたのかというと、二つの理由がある。ひとつは彼らがオーストリアの湖に沈めた機密文書その他の証拠が、戦後無事に回収されたこと。そしてもうひとつの理由は、エンドロールの最後で明らかにされる。
なんといっても、国家によるニセ札作りは過去の話ではない。スーパーノートと呼ばれる北朝鮮製の偽ドル札は、今でも世界中で発見される。これは驚くべきことに、本物との違いがまったく無いそうだ。一方、この品質の偽札は北朝鮮の旧式印刷機では製造不能として、真犯人はCIAだと推理するジャーナリズムも存在する。こちらの真相も、いつかは映画化されるのであろうか。