『ぜんぶ、フィデルのせい』60点(100点満点中)
La Faute a Fidel 2008年1月19日、恵比寿ガーデンシネマほか全国ロードショー 2006年/イタリア、フランス/1時間39分/配給:ショウゲート
両親が突然左翼活動家になってしまった9歳少女の受難
タイトルのフィデルとはキューバの国家元首フィデル・カストロのこと。フランスのアッパーミドル一家のお嬢様だった9歳の少女が、共産主義にのめりこんだ両親のせいでその暮らしが一変してしまい、その不満を一言にしたタイトルだ。
1970年のフランス、パリ。雑誌記者の母(ジュリー・ドパルデュー)と弁護士の父(ステファノ・アコルシ)、無邪気な弟(バンジャマン・フイエ)となに不自由なく暮らす9歳のアンナ(ニナ・ケルヴェル)は、カトリック女子小学校に通う優秀な生徒だ。そんな我が家にあるとき、父の故郷スペインのフランコ独裁政権から逃げるように叔母と従姉妹がやってくる。彼女らの影響で共産主義活動に目覚めた両親は、子供たちをほっぽらかしてチリで左翼政権樹立のため奔走。やがて暮らしは貧窮し、アンナたちは狭いアパートで他の活動家と共同生活するハメになる。「前の暮らしが大好きだったのに、私たちどうしてこんな目にあわなきゃならないの?!」
70年代の混沌とした世界情勢、そして左翼運動に興味がある人向け。親のワガママに振り回される少女の成長物語としても見られるが、ジュリー・ガヴラス監督は初長編とあってか、不器用で中途半端な印象。
政治思想において、左(革新)から右(保守)に転向するのはよくある事(むしろ普通)だが、この両親は突然ド左に目覚めてしまうところがポイント。この時代には、共産主義の理想を信じている人がたくさんいたのだ。
そのせいで、気のあったキューバ人のベビーシッターが追い出されてしまったり(これは彼女がカストロを嫌って渡仏してきた反共主義者だったためだ)、大好きな宗教学の授業を禁止されてしまったり(共産主義者はおおむね無神論者である)と、アンナの暮らしに訪れた激変ぶりは、はたから見ても気の毒なほどだ。
聡明なアンナは、理不尽なこの変化の理由を知りたくて、周りの大人にたくさんの質問をする。それは同時に、左翼思想の矛盾をグサリと突いた正論ばかりだ。返答に困る大人たちをよそに、はたしてアンナはどうやって答えをみつけていくのか。
最後に、この映画で一番わかりにくい部分を解説したい。といっても結末にかかわる部分のため、なるべく厚めのオブラートにつつんでおくので、気になる人は見終わった後またこの項を読んでもらえたらと思う。
その部分とは、「なぜ父親は唐突に活動家になってしまったのか」という点。これは父親のルーツが明らかになる終盤の"旅"を、じっくり観察するとわかる。一言でいえば、彼は強い罪悪感をもっていたということだ。当時のスペインはフランシスコ・フランコによるファシズム独裁政権だが、父親がその国でどういう位置にいたかに注目してもらいたい。そして自分の親類がフランコ政権によってどうされたか(映画の冒頭)、思いをめぐらせればその気持ち、行動の意味がよくわかる。
ちなみにこの映画は70年から73年が舞台だが、この直後スペインはフアン・カルロス1世が登場して独裁政治を終わらせ、世界史上まれにみる急速な民主化を遂げる。つまりアンナが体験した"急激な変化"を、今度は父親が味わうことになるのだ。それを念頭にラストの父親の姿をみると、また違った趣があろう。