『迷子の警察音楽隊』65点(100点満点中)
The Band's Visit 2007年12月22日(土)よりシネカノン有楽町2丁目、川崎チネチッタほか全国順次ロードショー 2007年/イスラエル-フランス/87分/配給:日活

エジプトの音楽隊が、"敵国"イスラエルで迷子に

カンヌ映画祭で好評を得、東京国際映画祭の最高賞(東京サクラグランプリ)を受賞した本作は、ミニシアターで映画を見るのが好きな映画通にとって、この冬期待の一本だろう。

1990年代の初頭。エジプトの警察音楽隊が、イスラエルに招かれやってきた。だが手違いのためか、空港に迎えがいない。誇り高きベテラン楽団長(サッソン・ガーベイ)は、自力で目的地を目指すが、わずかな地名の聞き違いで見当違いな村に到着。翌朝のバス便まで動きが取れなくなってしまう。

エジプト(アラブ人)とイスラエル(ユダヤ人)といえば、しょっちゅう戦争しているまさに不倶戴天の敵。すわ、緊張か?! と思うとそうではない。この映画のポイントは90年代初頭という年代設定で、このとき両国は、和平進行中の数少ない「雪解け」のとき。舞台が辺鄙な集落ということもあり、住民たちものんびりしている。

ここでマジメ一徹な楽長とその一団は、さいわい親切でちょっとセクシーなカフェの女経営者と出会い、手分けして一夜だけ泊めてもらう。その、たった一夜の交流を描いた人間ドラマだ。

政治的な対立がない(描かない)とはいえ、文化や宗教、言語の差によるすれ違いはしっかりと存在している。象徴的なのは、楽団員の何人かが世話になる家が、たまたま家族の誕生祝いの日で、そのディナーに同席する羽目になる場面。

ここで一人の楽団員が、まだ注ぐ前のワイングラスを手持ち無沙汰にいじくっている。それを見たユダヤ人の奥さんが「ちゃんと洗ってあるわよ!」と毒づく。この唐突な展開は、日本人にはちょいとわかりにくいが、非常に興味深い部分だ。

まず、この映画に登場する楽団員たちは"エジプトに住むアラブ人"である事から、ほぼ間違いなくムスリム(イスラム教徒)だ。すなわちアルコールはご法度(中東あたりではソフトドリンクでハイになる男たちの集団を普通に見られる)であり、まして居候の身であればなおさらだろう。

そんなわけで、男は別にグラスの汚れを気にしていたわけではないのだが、ド田舎に住むユダヤ人の奥さんには通じていなかったということだ。ちなみにその後、結局オレンジジュースらしきものを飲んでいる楽団員の姿がチラっと画面に映る。

なお、ユダヤ教徒は普通に酒を飲む。イエス・キリストだってワインを飲んでいるくらいだ。

とはいえ、政治的な対立がない関係の中でならば、こうした多少の行き違いなどただの笑い話であり、まったく友情を築く障害にはならない。34歳のエラン・コリリン監督はそう言いたげに、とぼけたユーモアを交えて演出する。クスクス笑いをちりばめて、キャラクターたちの人間味を強調する。とても好感が持てる、愛したくなる映画だ。

ただ、一部の紹介記事にみられる「言葉の通じない、敵対する民族同士が音楽の力でわかりあう」的な感動ものではまったくないので、ご注意を。むしろ、ほろ苦さを残したまま淡々とフェードアウトしていく。作りかけの交響曲に対し、劇中のイスラエル人が提案する意見こそが、まさにこの映画の狙いを語っている。

泣きたいとか、甘い異文化友情ものが見たいとか、そういう人にはまるっきり向いていないが、登場人物同士の距離感の適切さに心地よく酔える良作。ぜひ、ご鑑賞あれ。



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