『ユゴ 大統領有故』55点(100点満点中)
The President's Last Bang 200712月15日(土)よりシネマート六本木、12月22日(土)よりシネマート心斎橋ほか、全国順次公開 2006年/韓国/104分/配給:エスピーオー

韓国社会のタブーに挑む

1979年10月26日に実際におきた、韓国大統領暗殺事件。その当夜の様子をコミカルに描いた本作は、案の定、遺族からソウル地裁に訴えられた。

パク・チョンヒ=朴正煕大統領(ソン・ジェホ)は、日課となった小宴会を今日も開催。チュ課長(ハン・ソッキュ)が手配した二人の美少女をはべらせ、彼女らに大好きな日本の演歌を歌わせ悦に入っている。だがそのすぐそばには、不満と殺意が満水位に達した中央情報部=KCIAのキム部長(ペク・ユンシク)の姿があった。

ソウル地裁の判断により、冒頭から4分間映像はなし。プレス試写会では真っ黒な画面に意味不明の音声だけ流れるという、異常事態であった。本筋に影響は無さそうだから、むしろ話題づくりの意味で最高だったが、裁判が進んだ結果、日本公開版では世界で初めてすべての映像が写るらしい。

脚本選びの鬼、ハン・ソッキュ(「シュリ」「八月のクリスマス」など)が出演するほどの作品だから、巷に溢れるバカ韓流のような安っぽさはないものの、これは相当変わった映画だ。なんといっても実在の人物、しかも韓国社会のタブーであるパク・チョンヒ暗殺を扱いながらコメディタッチ。ブラックで小規模なクスクス笑いではあるが、こうした描き方は意外であった。ちなみにハン・ソッキュは今回、準主役級で脇から作品を支える。

朴正煕大統領は軍人としてクーデターで政権奪取した人物で、その政権は63年から79年という長期に渡った。この年代の韓国人らしく日本語は堪能で、日本文化にも親しんだとされ、そういうシーンも映画に登場する。

韓国という国では、政権が変わると自己正当化のため、前の政権幹部らが激しく糾弾される。前大統領が逮捕されるなんて事も、普通に起こる。つまりお隣の中国と同じく、易姓革命がモットーなのである。しかしパク・チョンヒは暗殺までされてしまったのだから、社会に与えた衝撃は大きかった。タイトルの「大統領有故」とは翌日の新聞の見出しで、意味は「大統領が事故にあった」というもの。当時敵国だった北朝鮮の金日成に知られてはまずい、という思いも当然あったろう。

ただ本作では、謎に満ちた事件の動機や真相の究明については重視せず、基本的に通説をなぞっている。

イム・サンス監督は女性の奔放な性の実態など、現代の韓国社会を大胆に切り取る人だが、今回は(どうせ誰も話してくれないので)人物取材は行わず、文献を中心に当たったという。

その結果、映画は本格社会派ムービーというより、「われらマヌケな暗殺団」てな具合のゆるいムードとなった。ただし、こだわり抜いたと監督が語る銃撃シーンについては、血しぶきと乾いた銃声が印象的な残虐かつ激しいもの。このバイオレンス度の高さとゆるゆるコメディとの落差が、ひとつの魅力となっている。

俯瞰で暗殺現場の建物内をなめていくと、あちこちに血まみれの死体が転がっている。襲撃者はそれらを一体ずつ確認しながら、息があるものには止めを刺していく。そんな「後処理」場面の生々しさなど、なかなかの演出力だ。

この事件について何も知らなくとも、おおまかな内容は頭に入るであろうわかりやすいつくり。ちょいと肩の力が抜けすぎなきらいはあるが、興味のある人なら見て損はない。



連絡は前田有一(webmaster@maeda-y.com 映画批評家)まで
©2003 by Yuichi Maeda. All rights reserved.