『エンジェル』60点(100点満点中)
The Real Life of Angel Deverell
2007年12月8日(土)、 日比谷シャンテ シネ他にて全国ロードショー 2007年/ベルギー=イギリス=フランス合作/英語/119分/配給:ショウゲート
パラダイスに住むエンジェルの、ほろ苦い人生
男性でありながら、オンナ以上に女性の内面を鋭く描くフランソワ・オゾン監督。その類まれな感性は、もしかしたら彼自身ゲイである事が寄与しているのかもしれない。この最新作『エンジェル』も、多くの共感を集めそうな女性映画だが、オゾン作品としては珍しく全編英語で、25億円もの予算をかけたコスチュームプレイ(豪華衣装が見所の時代ドラマ)となっている。
20世紀初頭の英国。上流階級に憧れる少女エンジェル(ロモーラ・ガライ)は、貧しい現実から目をそむけるようにロマンス小説を書き綴る。それはやがて有力な発行人(サム・ニール)の目に留まり、出版された作品はベストセラーに。望んだ暮らしを手に入れたエンジェルだが、はたしてその先に幸せな人生が待っているのだろうか。
読書嫌いの下層階級の少女が、リサーチもせず想像だけでセレブな暮らしを書いた小説だけに、「シャンパンをコルクスクリューで抜く」といったおかしな描写を指摘される場面がある。ところがエンジェルは、「句読点ひとつ書き換えない」と言い張り、発行人と観客を仰天させる。その傲慢な性格(かつ世間知らずっぷり)がよく現れた瞬間だ。
幼いころから"パラダイス"という名の邸宅を眺め、門の中を想像していたエンジェルの脳内には、すでに確固たる世界観が出来上がっている。たとえ奇妙であろうと、(作品内でも自らの人生でも)その流儀を通すことが、コンプレックスやつらい現実を忘れられる唯一の生きる術。労働者階級にいながらにして、エンジェルはすでにパラダイスに住んでいたのだ。
成功してからもそれは変わらない。本作の見所である数々の素晴らしい衣装は、それぞれのシーンで重要な意味づけをされ、彼女の「生き方」を強調する。
映画の中で説明はされないが、たとえば彼女が劇場で着ているドレスの色(グリーン)は、当時縁起が悪いとされていた。また、パーティ会場でもただ一人、ごてごてとした時代遅れの19世紀風の服装をしている。こうした「現実とエンジェル世界の乖離」がもっともはっきり現れるのは、愛する男の愛人を訪れるシーン。エンジェルと愛人、この二人の対照的なルックスを見れば、さすがに当時のファッションに明るくない人でも、ヒロインの服装の違和感に気づくはずだ。
ただオゾン監督の優しいところは、こうしたちぐはぐかつ無教養なエンジェルを、この上なく可愛らしく描いていること。明らかにこの監督は、このヒロインを好意的に解釈している。誰に対しても物怖じせず、実力の裏づけがない空虚な自信だけを頼りに生き抜いたエンジェルを、劇中で発行人の妻(シャーロット・ランプリング)の口を借りて、彼なりに称えている。
エンジェル自身が生きた(と信じる)人生と、実際の彼女のそれの差はあまりに大きい。それは切なく、あわれにさえ思えるほどだが、この監督の暖かな視線のおかげで鑑賞後感はとても良い。一見、フランソワ・オゾンにしては王道すぎるように見えるが、こうしたヒロインに対する思いやりに、彼なりの「気持ち」をこめたと判断したい。