『ヘアスプレー』90点(100点満点中)
Hairspray 10月20日(土)丸の内プラゼールほか全国松竹・東急系にて公開 2007年/アメリカ/116分/配給:ギャガ・コミュニケーションズ
近年最高のミュージカルムービー
入場者全員にサントラCDを配るわ、試写会招待状は派手にばらまくわと、宣伝GAGAの異様なまでの太っ腹ぶりが目立った本作。東京を見下ろす、映画会社中ナンバーワンの瀟洒な試写室に招待された一般のお客さんも多かろう。公開までに見たいヤツは全員みちまうんじゃないかと思うほどの勢いは、しかしそれだけ作品の出来(今回はサントラのそれも)に自信があるということだ。一般に、期待はずれの作品の試写は少なく(知名度がある場合はいっそ行わず)、知名度はないがいい作品の場合は口コミ効果を期待して多くの人に見せたくなるものだ。
1962年、ボルチモア。超ポジティブでおデブな女子高生トレーシー(ニッキー・ブロンスキー)は、大好きなテレビ番組コーニー・コリンズ・ショーのオーディションに果敢に挑戦、みごと新人ダンサーの座を勝ち取る。おまけにその風貌と明るい性格からお茶の間でも大人気に。これが面白くない旧人気ナンバーワンアイドルの金髪美少女アンバー(ブリタニー・スノウ)とその母でプロデューサーのヴェルマ(ミシェル・ファイファー)は、様々な邪魔をするが……。
ジョン・ウォーターズ監督(本作の冒頭にもマヌケなチョイ役で登場)のカルトムービーとして一部で知られていた同名作品が、トニー賞を独占したブロードウェイ・ミュージカル版を経て、再度映画に。その流れの中で元々のカルトっぽさは完全に払拭され、とにかく明るく楽しい、ストレートで前向きなミュージカルに生まれ変わった。オリジナルのいかがわしい雰囲気が好きな方には、まるで別物のような本作は受け入れにくいかもしれないが、個人的には既存のコンテンツを発掘育成、発展させた大成功例だと思っている。
人種差別反対のテーマもあるが、それはとってつけた程度の扱いであり、とにかく歌って踊れやのノーテンキダンス映画として見るのが正解。日本ではなかなか難しいが、おそらくアメリカの映画館では観客は大騒ぎしながら見ているのではないか。60年代風の楽曲はミュージカル版から多くを引き継ぎ、より華やかなアレンジが加えられていて非の打ち所なし。
そして、脇の脇まで全員のキャラクターが恐ろしいほどに立っているあたりも特筆すべきところ。主人公を演じたニッキー・ブロンスキーの、一度見たら忘れられない、顔にはりついたようなマンガチック笑顔がじつにいい。
唯一陰のある登場人物である彼女の母親役を、ジョン・トラヴォルタが6時間かけた特殊メークで演じており、まるで悲壮感がない点もよかった。むしろ出てくるたびに苦笑爆笑で、映画を明るくする事に関して大いに貢献した。
また、悪役を金髪美女母子に絞り、お話を単純化した点もよろしい。今回とくにミシェル・ファイファーが、とんでもなくキュートでびっくり。49歳という年齢を聞いて、信じられる人はいないだろう。黒木瞳も顔負けの年齢不詳っぷりというほかない。
ミシェルは娘役の若手人気女優ブリタニー・スノウとともに、単純でわがままで、まあ平たく言えばただのバカという、金髪美女のイメージを体現した憎めない役柄をきっちりとこなした。人種差別反対をうたっていながら、ブロンドへの偏見を思い切り利用する本末転倒ぶり、いいかげんさがこのお気楽ミュージカルのいいところだ。
カメラも構図も奇をてらわず、やたらとバタ臭い素材の味をそのまま生かした。60年代のダンスや音楽のファン、そしてとにかく楽しい映画を見たい人は、今週はこれで決まりだ。こういう映画はアメリカ以外ではまず作れないから、大いに見る価値があるというものだろう。