『クローズド・ノート』35点(100点満点中)
2007年9月29日(土)全国東宝系ロードショー 2007年/日本/138分/配給:東宝

沢尻エリカは弱点ばかりが露見して気の毒

賃貸住宅に入居すると、まれに以前の住民の忘れ物(?)に遭遇する。大抵は、(解除し忘れたのであろう)定期的に送られてくる通販下着カタログの類であり、宛名がかわいらしい女性の名前でもない限りは迷惑の極みであるが、これがもし洗面所の鏡の裏に隠された分厚い日記帳だとしたらどうだろう。はたしてあなたは、見知らぬ誰かの物語に入り込む欲求を抑えることができるだろうか。

女子大生の香恵(沢尻エリカ)は、入居したアパートの棚に日記帳を見つける。挟まっていた写真を見ると、それを書いた前の住民(竹内結子)は、どうやら小学校の教師らしい。自らが志望する職業ということもあり、香恵はその女性の仕事や恋の悩みを興味深く読み進んでいく。同時に香恵にも、バイト先で知り合った男性(伊勢谷友介)との恋が芽生え始めていた。

雫井脩介の同名原作は、後半にちょっとした驚き(ミステリ的趣向)がある恋愛もの。多少のアレンジはあれど、映画も同様の魅力を放つよう作られている。……が、いくつか難があり、その出来は平均以下のものとなった。

主演の沢尻エリカは、その女王様的なキャラクター作りにおいて近年まれに見る成功を収めたアイドルだ。だが、そのイメージと異なる本作の役柄を演じるだけの実力は、もとより彼女にはない。まして今回、彼女の周りには、怪優の域に達しつつある永作博美や伊勢谷友介などの強烈な個性が存在する。

しかも悪いことに、ヒロインと並ぶ重要な役柄として若手ナンバーワン女優の竹内結子までいる。演技力より重要な女優としての"華"の有無において、この二人は比較にならない。いや、日本中を見渡しても今、竹内以上に華のある女優はほとんどいないだろう。二十歳そこそこの沢尻にとって、この映画のキャスティングはまるで包囲網。新人のデビュー戦にヒョードルを対戦させるようなものであり、きわめて厳しい状況といわざるを得ない。

映画自体は、行定勲監督(『世界の中心で、愛をさけぶ』)の得意ワザ、ノスタルジックでセンチメンタルな映像美については普段どおりのキレがある。しかし、軽いどんでん返しが最後の感動に直結するこの物語において、"ある事実を最後までどう隠すか"に関し、監督が脚本家と相談して取ったこの手法は、残念ながら失敗。

その理由は、行定監督らがミステリ映画に関して経験不足で、ミスディレクションの基本を知らないからに他ならない。未見の方の興味をそぐわけにはいかないので、この映画を作った人にだけわかるように書くが、あれは竹内の写真を出すタイミングをもっと遅らせるか、まったく別のキャラに関して同じ手法をやってからでなければ、出した瞬間に観客にネタがバレる。アレン映画から思いついたグッドアイデアと思ったのだろうが、煮詰めがまるで足りていない。

このため、とっくに気づいた観客(おそらく過半数)は、登場人物がそれに気づくまで少々イライラする。138分と長い映画だからなおさらだ。

また、それ以前にこの映画、細部が荒っぽすぎる。たとえばノートについてだが、竹内が修了式(小学校なら普通はお別れ会と同日と判断する)のあと、帰宅前に職場であのページを書いていたとなると、いったい誰がノートをアパートのあの場所にしまったのかとの疑問が残る。何のために?! これこそ最大の謎、ミステリーである。

ただ幸いにして、沢尻以外の役者は生き生きとしており、とくに竹内結子のかわいらしさ、教え子の子供たちに向ける笑顔の優しさといったらない。まとめとして、こうした周辺の役者たちに強い思い入れがある人ならなんとか見ることができるかな、というのが私の結論だ。



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