『スピードマスター』20点(100点満点中)
2007年8月25日(土)池袋シネマ・ロサ他全国ロードショー 2007年/日本映画/96分/配給:ショウゲート

目指す方向を誤った

きらびやかな改造車がドリフトでタイヤを鳴らし、ゼロヨン加速の猛烈なGで空気を震わせる。最近では『ワイルドスピード』『頭文字D』といった作品で、そんな公道レースの魅力が余すところなく描かれていた。この映画『スピードマスター』を企画した人たちは、きっとそうした映画やコミックが大好きなのだろう。自分たちでもそんな「クルマ映画」を作りたいと考えたに違いない。

埠頭レースで無敵を誇るRX−7FDを運転するのは、大手チューンショップの跡継ぎ息子の黒咲勇弥(内田朝陽)。彼とその取り巻き連中らと対立する「桜井モータース」は、オヤジの腕一本で持っていた弱小工場だったが、彼が倒れた事で苦境に陥っていた。娘のまひろ(北乃きい)は、黒咲たちに襲われたとき救ってくれた流れ者の赤星颯人(中村俊介)がメカニックとしての腕も立つ事を知り、彼をスカウトするが、黒咲たちの嫌がらせはエスカレートするばかりだった。

この映画を作った人たちには、クルマやレースに対する愛情はどうやら十分にあった。ただ悲しいかな、彼らには本物のクルマで凄い映像を撮るだけの予算がなかった。『スピードマスター』は、国産の本格的カーアクション映画を目指す志は大いに買える意欲作であったが、その中身のチープさは目を覆わんばかりである。

だいたい、肝心かなめのレースシーンが、最初と最後の2つしかない。しかも、さんざんギャラリーをあつめて激しい音楽で盛り上げて、DJ調の司会も入っていよいよレースがスタートすると、突然フルCGアニメになってしまう。しかもそのクォリティは一昔前の家庭用テレビゲームレベル。これにはびっくり仰天である。

おそらくこの映画にでてくる数々のカスタムカーたちは、全国津々浦々の愛好者たちから集めた借り物であろう。莫大なお金(改造費)と思い入れがつまった車体を、よもや傷つけるようなリスクにさらすわけにはいかないという事情はわからないでもない。

しかし、スタートするまで本物だったクルマが、次のショットでべた塗りの絵になってしまうというのは、体験してみなければわからない切なさがある。言ってみれば、黒木瞳似の品のいい奥さんが、100円ショップ製の下着を身に着けているのを思わず見てしまった時のような悲しみに似ている。

そんな虎の子のアクションシーン二つをつなぐ、中盤のドラマもこれまたしょぼい。国も時代も特定しない独特の世界観を確立したまではよかったが、演じる役者も演出も中途半端でいけない。

だいたい、予算がないならないでもっとやりようがあろう。たとえば彼らの好きなクルマの世界には、フィアット・パンダという古い貧乏グルマがあるが、あれこそカネがないなりに作られた最高の商品のひとつだ。

シンプルで美しい内装は乗るものに満足度を与え、名匠ジウジアーロによるコストカットを具現化した直線的なデザインは、今見てもまったく色あせておらず、通行人を感心させる。金がないからこれを選んだ、という貧乏くささがまったくない、あれこそ名車中の名車だ。私は低予算映画は、パンダのような「割り切るべき点と妥協しない点をはっきりさせる」事が大事だと考えている。

この映画に当てはめるなら、監督たちが一番見せたかった(そして最大のウリである)レースシーンこそ、もっとも力を注ぐべき部分だ。とはいえどのみち「ワイルドスピード」には迫力で勝てるわけがないのだから、CGを使うにしても、思い切り非現実的な動きにするなど、類似作品では見られないモノを生み出せばよかったのだ。

個人的には宙返りぐらいさせても良かったろうと思うが、本作ではハンパに現実らしさを残そうとしているため、逆に安っぽくなった。背伸びしてメルセデスを作ろうとしたら、なぜかソナタになってしまったようなカッコ悪さがこの映画にはある。

せめて笑いをたくさん入れるとか、セクシーな見せ場を用意するとか、やれる事はすべてやった的な潔さがあれば評価してあげたいところなのだが……。

ワイルド・スピードX3 TOKYO DRIFT
文中でワイルドスピードと言っているのはこのシリーズです。パート3は東京が舞台になっております。
OMEGA スピードマスター プロフェッショナル 3570.50 [並行輸入品]
スピードマスターと聞いて、私は最初これの開発秘話の映画かと……。手巻きクロノグラフなので結構狂うかと思いますが、NASAが宇宙空間に持っていける時計を探していたら、当時普通に市販されていたこれが唯一完璧に適応したというエピソードは、十分物欲心を誘うものでしょう。今でも宇宙飛行士の腕には、支給されたこのスピードマスターがあるんでしょうね。


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