『アズールとアスマール』95点(100点満点中)
AZUR ET ASMAR 2007年7月21日(土)より渋谷シネマ・アンジェリカ他にて公開 2006年/フランス/99分/配給:三鷹の森ジブリ美術館

ドロドロした社会問題を、最高に美しい子供向けアニメに仕上げた恐るべき映画

全国公開される大作や、単館系の話題作をちょくちょく見ている、といった程度の映画好きの人に「オススメ教えて」といわれると、私は98年製作のフランスのアニメーション『キリクと魔女』あたりを教えることにしている。そして、たいていの相手から好評を得ている。

『キリクと魔女』は日本でも03年に公開され、このサイトでも絶賛した記憶があるが、『アズールとアスマール』はそれと同じミッシェル・オスロ監督の新作。おのずと期待は高まる。

舞台はとあるヨーロッパの国から始まる。そこで暮らす金持ち領主の子アズール(声:シリル・ムラリ)と、そのアラブ人の乳母ジェナヌ(声:ヒアム・アッバス)。そしてジェナヌの実の子アスマール(声:カリム・ムリバ)。ジェナヌのわけ隔てない愛情のもと、二人の子供は身分や人種を超えた兄弟愛を育んでいた。しかしアズールの父はジェナヌとアスマールを追い出し、二人は海の向こうの故郷の国へ帰ることになった。

やがて成長したアズールは、ジェナヌたちの暮らすイスラムの地を訪ね二人と再会するが、ここでの境遇はかつての正反対であった。アズールがこの国では不吉とされる「碧眼」のため激しい差別を受ける一方、ジェナヌ母子は大富豪になっていたのだ。そして再会したアズールとアスマールは、幼いころからずっと子守唄で聞かされていた憧れのイスラムの伝説の妖精を探すため、別々に冒険の旅に出るのだった。

『アズールとアスマール』のラストが言わんとしている事は、とてつもなく過激だ。だが、多くの日本人の観客にこの過激さが伝わることは恐らくないだろう。しかし、これをヨーロッパ、とくにフランス人がみたら、間違いなくそう感じるはずである。

映画の解釈は行わないのがこのサイトのポリシーであるが、今回はある程度まで踏み込んで解説をしてしまおうと思う。というのも、それを知った上で見ていただいたほうが、ずっと本作の魅力が伝わると思うからだ。

さて、『アズールとアスマール』は一見子供向きのアニメーション映画だが、おそらく内包するテーマは現在の欧米先進国、とくにフランスが抱える「イスラム系移民」についての話である。

具体的にいうと、映画の後半イスラム世界に一人旅立ち、そこで不当な差別を受ける主人公のアズールは、現在フランス国内で差別の対象となりがちなイスラム移民の立場を象徴したキャラクターだ。碧眼差別という理不尽な理由は、同じく外見だけでテロリストだと思われてしまういまどきのアラブ人の境遇を表している。白人系フランス人の感情移入先であるアズールをこうした立場に置くことで、観客にそれを察してもらおうとしているわけだ。

そして、アズールを助けることになるクラプーという登場人物もまた同様。アズールと同じ出身で、長くこの国で貧しい暮らしをしている彼の「それでもこの国を愛している」との言葉は、そんなフランス人が聞いたら心にズシンとくるであろう重い台詞だ。

やがてアズールとアスマールは、ラストシーンであることをするが、ここで彼らがどんな衣装を身につけているか、そしてその衣装のまま誰を相手に何をするか。それこそ、この監督が提示する「イスラム移民問題」に対する回答だ。

それは、多くの人が心の中でひそかに望む圧倒的な「理想」だ。ただ、世界の現状をみればこれがいかに過激な意見であることか。しかし、だからこそ人々にどれほど素朴な感動を呼び起こすか、想像に難くはない。

そして、こうした直球な主張とアニメーションというジャンルは、すこぶる相性が良いのだ。ニコラ・サルコジという、移民に対して非常に厳しい保守派の大統領を選んだフランス人が、同時に本作を広く受け入れたという事実がまさにそれを証明している。現実的でありながら、いやだからこそ、成しえぬ理想を愛するフランス人の国民性が、本作の大ヒットからうかがえる。

なにしろ現実では、イスラム教徒という存在は、その国の文化や伝統を根底から変えてしまう。人口の10パーセントを超えたフランスでは、それが特にハッキリと表面化してきており、いまや大きな社会問題となっている。ちなみにこの問題は米国など、移民を受け入れている、あるいは受け入れた歴史がある他の欧米諸国の政府に共通する、最大の悩みのひとつだ。だからそうした国々では、いかにイスラムの流入をくい止めるか、あわよくば減らせないかとの試みが必死になされている。

アニメ映画としてみても、『キリクと魔女』同様の切り絵調の素朴な背景に、3Dアニメのキャラクターを加えるというまっとうな進化をとげており、独特の色彩感覚は相変わらず最高の目の保養になる。

ストーリー展開もスリリングで、脇には格差社会に対する言及もそれとなくなされていたりして大人を飽きさせない。

それにしてもこうした難しい(そしてタイムリーな)社会問題をあえてアニメ映画で扱い、同時に子供たちが見ても楽しめる内容にしてしまうミッシェル・オスロ監督の手腕は相当なもの。アニメーション分野の最先進国たる日本にも、このレベルの作品を作れる人はほとんどいないのではないか。

もし運良く近くの劇場でやっていたら、迷わずこいつを鑑賞してほしいと私は思う。まったくもって凄い作品で、今後誰かに「オススメは?」と聞かれたら、きっと私はこれをすすめることになるだろう。



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