『イラク 狼の谷』65点(100点満点中)
2007年6月23日銀座シネパトスほか全国順次公開 2006年/トルコ/122分/配給:アット エンタテインメント

素朴な反米感情が描かれている

『イラク 狼の谷』は、アメリカ大嫌い! という人のために作られた反米アクション映画である。

この映画の製作国であるトルコはNATOの一員であり、古くから軍事を含む政治経済面では米国やイスラエル、ヨーロッパに協力する立場を取ってきた。しかし、国民のほとんどはイスラム教徒であり、同じイスラム文化圏の国々を自国の基地を利用して空爆する米国に対して、複雑な感情を抱いている。

しかも、当のEU(とくにイスラム人口の増加に頭を悩ませているフランス)からは、(トルコもイスラム教圏の国なので)あからさまに加盟を嫌がられている。米国にしても、トルコが中東とヨーロッパの境目に位置する地政学上の要衝ゆえ友好的なだけで、本音はフランスと同じ。イスラム人口の増加は欧米各国最大の悩みの種であり、内心では疎まれ、単なる駒として利用されているにすぎない。

このような映画が作られる背景にはそうした事情がある。これを見ると、トルコの人々、一般市民がどのような思いを米国に抱いているかがよくわかり、大変興味深い。とくに本作は、トルコ映画史上最大の製作費をかけた大作で、本国はもとよりイスラム圏で大ヒット。ドイツでは上映反対運動が起こり、うそかまことか米国では軍関係者に見ちゃダメよと勧告がなされたとか。

03年7月、イラク北部のクルド人自治区。ここにあるトルコ軍司令部に、サム・マーシャル(ビリー・ゼイン)率いるアメリカ軍が突如襲撃を加え、将校らを拘束する暴挙がおきる。同盟国による屈辱的なその扱いに耐えかね将校は自殺、親友の元諜報員ポラット(ネジャーティ・シャシュマズ)は復讐のためイラクへ侵入する。

上記あらすじにある、米軍によるトルコ軍襲撃事件は実話に基づく。ストーリー自体は米軍というよりサム・マーシャルなる狂った現場指揮官の暴走にすぎないのだが、それでは観客のストレス解消にならないという事か、こうした米軍の悪辣非道な実話、エピソード(噂話のレベルのものも大いに含まれる)ををあちこちに挿入してある。ほとんど脈絡がないように見えるが、そうしたシーンをはさむことで観客の怒りに火をつける効果を狙っているのだと思われる。

そんなわけで、本作は相当行き当たりばったりな展開で、先述したような寄り道が多すぎる。しかし、そのすべてがイスラム諸国の人々が喜ぶものばかりなんだと考えて見ると面白い。

考証はかなりいいかげんで、そもそも映画に登場する米軍が正規軍なのかPMC(民間軍事会社)なのかさえはっきりしない。

その米軍側のリーダーは、『タイタニック』でレオ様とケイト・ウィンスレット嬢の仲を引き裂こうとして、全世界的に「イヤな奴」で通っているビリー・ゼイン。また、米兵たちはみなアナボリックステロイドで全身を膨らませたマッチョマンばかりという、この上なくわかりやすいキャスティング。臓器売買で大もうけするユダヤ人医師というキャラクターも、ユダヤ人=守銭奴、というステレオタイプそのものだ。

ただ、米軍の協力などもとよりありえないので、悲しいかな軍の制服がまったくそれに見えず、大変安っぽい。

そんなお笑いコントなみのヤンキー描写が続く中、唯一リアリティを感じさせたのは、自爆テロ後の現場の様子。このあたりは、そうした悲劇から遠く離れた日本の観客を複雑な思いにさせるに違いない。

いずれにせよ、こうした現地民向けの映画を日本で見られる機会はそうそう無いから、興味ある方は積極的にご覧になってみてはどうかと思う。アクションシーンの出来などは、米国映画のそれを期待してはいけないが、彼らなりに頑張っているのが伺える。いろいろな意味で、見所の多い作品である。



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