『サイドカーに犬』85点(100点満点中)
2007年6月23日(土)、シネスイッチ銀座、アミューズCQNロードショー 2007年/日本/94分/配給:ビターズ・エンド、CDC

竹内結子最高傑作

竹内結子の結婚出産を経た復帰作となる『サイドカーに犬』は、これまでの主演作と同じく彼女の魅力にあふれているが、その中でも現時点における最高傑作ではないかと私は思う。

30歳の薫(ミムラ)は弟の結婚披露宴に、離婚した両親も出席すると知らされる。20年前、母が出て行った日のことを彼女は思い出した。と同時に、母と入れ替わりにやってきた不思議な女性ヨーコさん(竹内結子)の事も。ヨーコさんはカッコイイ自転車に乗った豪快な女の人で、まじめで厳しかった母とは対照的な性格。幼かった薫は、彼女から多大な影響を受けたのだった。

誰にとっても忘れられない人というのはいるものだが、この映画は80年代を舞台に、「出て行った母の代わりにゴハンを作るため父が連れてきた」若い女性と娘の奇妙な交流を描く。娘にとって「忘れられない人」であるヨーコさんは、カレー皿に麦チョコを盛ってくれたり、ドロップハンドルの自転車を乗りこなしたり、禁止されていたコーラを買ってくれたりした。

そんな姿が新鮮で、一気になついてしまう薫は、まだ大人たちの複雑な人間関係を考慮せずにいられる無邪気さと、しかし一定以上に距離を縮めることをしない(一緒に旅行に出かけたときのエピソードに注目)絶妙な年頃の女の子。

そのどちらかのバランスが崩れていれば、もしかしたら二人の関係は変わっていたかもしれない。そのことが観客に痛いほど伝わり、とてつもないせつなさを感じさせる。

客観的に見ればヨーコさんは父の愛人であり、いずれ母との修羅場は不可避。しかし、根岸吉太郎監督(「雪に願うこと」)は、そんなジメ感、深刻さを軽妙なユーモアで回避。父の古田新太や弟の谷山毅ら、家族を演じたキャストたちもしっかりと作品世界を支えている。

そして何より、竹内結子の演技がすばらしい。これまでに無い非常に難しい役柄を完璧にこなし、新境地を開いた。この役はがさつなだけでも、色っぽいだけでもおそらくだめ。不良っぽいというのも違う。

ヨーコさんというキャラクターはあえていうなら芸術家肌というか孤高の存在といったイメージで、どこか寂しげ。チャキチャキした姉御肌だが、決して下品ではない。きっと一途で、愛情深いだろうと思わせる。そんな魅力的な女性だ。

彼女が、母性と友情のどちらを表すべきか戸惑いながら薫に接するとき、「完璧な女の人」に見えたその顔がわずかに揺らぐ。そんな心の動きまで伝える今回の竹内の演技は、じつに見ごたえがあった。

髪型などをワルっぽくしても、天性の整った顔としぐさはたいへん女性らしく、タバコを吸う姿には色気すら感じさせる。やや神経質な火のつけ方もまた良い。本当に頑張って役作りしているなというのがわかる。

ラストシーンも素晴らしく、ほろ苦くも美しい何かを残してくれる。『サイドカーに犬』は、世の中の片隅で生きるごく平凡な人々を魅力的に描写した佳作であり、竹内結子の過去最高ともいうべき演技と存在感によって、いつまでも心に残る良質な映画となった。私も今回ばかりは強く心を打たれた。忘れられない大切な人がいる人にぜひオススメしたい。



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