『殯(もがり)の森』20点(100点満点中)
The Mourning Forest 2007年6月23日、シネマ・アンジェリカにてロードショー 2007年/日本/97分/配給:組画

カンヌ受賞で世界のクロサワに並んだ?!

カンヌ国際映画祭で、日本人として17年ぶりにグランプリを受賞(カンヌは賞のネーミングを時折変更するのでわかりにくいのだが、今回は審査員特別賞のこと)した超話題作。……が、その話題性ゆえ、映画を見慣れていない一般人に多数の被害者を出すことが予想される地雷的な一本。

奈良の山間部。ここには認知症の老人たちが介護者と暮らすグループホームがある。患者の一人しげき(うだしげき)は、33年前に亡くした妻を忘れられぬまま、日々をすごしている。そこに介護福祉士の真千子(尾野真千子)が、幼いわが子を亡くしたトラウマを抱えたまま赴任してきた。二人は徐々に心を通じ、ある日、森の中にあるというしげきの妻の墓参りに出かけるが、ふとしたことから深い森の中で完全に迷ってしまう。

最初にはっきりさせておきたいのは、河瀬直美という監督の映画は、普通の人が何気なく見るにはまったく適していないということだ。むしろ、世界でもっとも適さない監督の一人と断言してよい。

彼女の映画を見るということは、平たく言えば河瀬直美という女のマスターベーションを見に行くということ。しかもこの監督は、カンヌの受賞報告会見のコメントで、あろうことか黒澤明と自分を同列に並べてしまうような自意識の持ち主。つまりは、どういうやり方で、どういうイキ方をしようが彼女の勝手。それに文句を言いたくなるような観客は、そもそも相手にしていない。

彼女の望むままにすべては進行するが、映像、ストーリーその他どこか一部にでも共鳴する何かを観客自ら見つけられる。そうした感性のある人こそ、河瀬作品に満足することができる。それほど多くはいないだろうが、実際に本作の上映館に行った人の中にならば、もしかしたら2割くらいはいるだろう。そんなわけでこの点数にした。

『殯の森』も、これまで同様きわめて監督自身の私的な作品。故郷である奈良を舞台に、彼女が長年世話になったというおじさん(俳優ではない)を主演に据え、手持ちカメラと即興的演出をふんだんに取り入れて作った小さな映画だ。題材となる認知症についても、彼女の身近な人がそれに罹ったため、映画にすることを思いついたという。

主演のうだしげきは、普段は編集の仕事をしているということで、どうしても目つきに知的&理性的なものが垣間見え、到底認知症という感じではないが、素人効果というやつで、ある種のナチュラルなムードはよく出ている。

しかし、彼に限らず登場人物の音声はみな小さく滑舌も悪いから、何を話しているんだかさっぱりわからない。多くのセリフはまったく聞き取れない。河瀬直美は完成品を見てないんじゃないのか、と腹が立つ向きも多かろうが、要するに、彼女にとってコトバなどというものは重要ではないということであろう。

ただ、どうしてもそれでは嫌だという人は、渋谷の上映劇場では一日一回(初回)、英語ではあるが字幕がつくそうだからその回を見るとよい。私もその英語字幕版を見たが、大いに理解の助けとなった。もしこれがなかったら、大まかな設定すら把握できなかったかもしれない。

上記で予想がつくと思うが、ほとんどすべての場面が説明ナシであるから、あらすじくらいは予習していくことをすすめる。

たとえば、最初のシークエンスでは大勢の人々がぞろぞろ歩いている風景が写る。じつはこれ、奇妙な葬送の風習で、この地域には土葬もまだ残っていることを示唆している。きっと、何気なく見ていたら見過ごしかねない。だが、これを理解できなければラストシーンの二人の行動の意味がわからない。開始0分の意味不明なシーンが、最重要な伏線となっている。恐ろしく不親切なつくりである。

やや難解な解釈についての意見は、このサイトはネタバレ無しということなので割愛するが、途中の住職の言葉が大きなポイントとなるのではないかと思う。ただ正直なところ、カンヌの審査員と違って私は37、8の女の子の死生観などに興味はない……おっと、自分で書いておきながらイキ方に文句をつけそうになってしまった、あぶないあぶない。

萌の朱雀
カンヌで新人賞を最年少受賞した作品の小説版。彼女は映画のみならず、小説も書くわけです。
沙羅双樹 デラックス版
河瀬直美監督の映画はあまりDVDになっていないんですねぇ。


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