『きみにしか聞こえない』70点(100点満点中)
2007年6月16日、池袋サンシャイン他全国ロードショー 2007年/日本/107分/配給:ザナドゥー

加えたものはすばらしく、削ったものは致命的

乙一というミステリ作家の小説は、文章や構成はライトノベル的な子供向けの印象だが、その発想はなかなか鋭く、必死に読者を楽しませようというエンターテナー精神も旺盛なので個人的には好感度が高い。この映画の同名原作「きみにしか聞こえない」は彼の代表的短編のひとつだが、まさに上記の特徴が如実に現れた見所ある一篇だ。

リョウ(成海璃子)は学校で孤立しがちな女子高生。友達がいないからクラスでただひとり、ケータイを持っていない。ある日彼女は公園でおもちゃの携帯電話を拾うが、驚くべきことにそこに着信がはいる。恐る恐る出た電話の相手はリサイクルショップ店員を名乗るシンヤ(小出恵介)。やがて念じあうだけで通話できることがわかった二人は、四六時中の会話を通じて心を開きあっていく。

いまどきの高校生にとって、クラスでただひとり携帯を持っていないということがどんな意味を持つか。非常に現代的で、鋭いところをついた設定だと原作を読んだとき私は感じた。ケータイがほしいと願っているヒロインは、つまりは友達を渇望しているのだ。彼女の気持ちに痛々しい共感を覚える若い人は少なくあるまい。

だが、映画版は肝心なこの若者心理をうまく表現できていない。

それは、ヒロインに成海璃子という絶世の美少女をキャスティングしたという一点にすべての原因がある。原作のそれは、友達が一人もいないから携帯をもてず、やがて理想の携帯電話を頭の中で想像して遊ぶ寂しい少女だったのだ。脳内携帯で孤独を紛らわすなどという、いかにも若者らしい心理描写に異様にリアリティがあり、そこにある日着信が起こるという不思議な展開が、多くの読者をひきつけたといってよい。

ところが、超美少女の成海璃子がヒロインになったために彼女がクラス内で孤立する現実的なケースというものが設定できず、映画版では「脳内携帯を作り出すほどの絶望的な孤独」という大事な部分があいまいにされている。

おまけに、おもちゃの携帯を拾うなどというどうしようもない設定変更をしてしまったがために、「本当は通話相手など存在せず、ヒロインの単なる二重人格、妄想なのではないか」という前半のサスペンスがごっそり失われるという大ミスを犯してしまった。これが当記事の見出しにある「削ったものは致命的」の意味だ。

ところが当の乙一は、この映画を見て「原作でもこうすればよかったと悔しく思った部分がいくつもあった」などと語っている。

じつは、まさにそのとおり。映画版『きみにしか聞こえない』は、原作に加えたいくつかの新設定(とそれに伴う見せ場の組み立て方)が見事で、先ほどのマイナスをカバーするほどの効果を生んでいる。

(この後の段落において言及している「シンヤの耳が聞こえない」という新設定についてです が、映画以前に出たドラマCD(原作者自身が脚本にも関わっている)にも同様の設定があり、そちらがが先との指摘を受けました。CD の内容はまだ未確認ですが、少なくとも映画が初というわけではないようですので、この後の 記述についてはご注意ください。……2007/06/15)(※2007/06/17追加……CDの設定は「耳が聞こえない」ではなく「口がきけない」とのこと)

その設定のひとつは、「相手役の青年が耳の不自由な男である」というもの。つまり、脳内携帯では普通にヒロインと話せていたが、現実の青年は言葉が話せないのである。

このおかげで、ヒロインが何気なく歌う鼻歌を青年が聞いたときの反応など、映画ならではの感動的な場面がいくつも生まれた。そして、この物語最大のキモである終盤のクライマックス、「彼女が過去を変えようとする場面」のスリルが原作以上の完成度となった。

また、リサイクルショップ店員という新設定も、青年のゴミ拾いの趣味に説得力を持たせた上、彼の物語をふくらませる事に成功したうまいやりかたといえるだろう。

映画の前半は、やたらとモノローグで状況説明を行うなど野暮ったさが目立ったものの、この終盤は抜群の演出センスを感じられ、大いに満足がいった。ただ、その後の後日談的部分は完全に蛇足であり、再び勘の悪さが出てしまっているが。荻島達也監督は、光るところもあるがまだまだ荒削りでムラがある印象だ。

たとえば通話相手との時間軸のずれ、電話をかけられるのは片側通行のみといった作品内のSF要素、ルールをもっとしっかりと観客に伝えられれば、もっといい映画になったはず。SFとは、できる事とできないことをはっきり提示しておかないと、どうせなんでもアリだろ的な印象を観客が持ってしまい、その後何をやっても驚かなくなってしまう

また、ミステリの魅力であるどんでん返しの重要性をあまり理解していないのか、二人が初デートをする直前、原田というキャラクターに馬鹿な台詞を言わせてしまい、結果として作品最大のビックリネタを台無しにしてしまうというポカもやっている。

そんなわけでまだまだ不満は残るものの、この映画については、先に小説を読んで楽しんでか らでも、十分以上の驚きを得られる。なかなかお得な一本といえるだろう。



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