『ゾディアック』65点(100点満点中)
Zodiac
2007年6月16日(土)より、丸の内プラゼール他にて全国ロードショー 2007年/アメリカ/157分/配給:ワーナー・ブラザース映画
殺人をお茶の間のエンタテイメントにした実在の殺人鬼の物語
ゾディアックといっても、若い日本人にはぴんとこないかもしれない。だが、一定以上の年齢の米国人にとって、この人物は相当な有名人だ。
1969年の独立記念日、カルフォルニア州をドライブ中のカップルが何者かに拳銃で襲われた。女性は9発の弾丸を受けて死亡。その後、犯人を名乗る男から警察に電話があった。さらに犯人は新聞社に犯行の詳細と奇妙な暗号文を送りつけてきた。紙面にそれを掲載しなければ、さらに誰かを殺すというのだ。こうして全米犯罪史上に残る、劇場型殺人事件が始まった。
自らをゾディアックと名乗るこの連続殺人犯による一連の事件は、いまだに未解決のまま。「セブン」「ファイト・クラブ」のデヴィッド・フィンチャー監督は、劇中の好奇心旺盛な若きイラストレーターの口を借りて、この謎解きに挑戦する。
この事件がなぜ人々の記憶に長く残っているのかというと、前代未聞の大胆な挑発をゾディアックが行ったことが大きな要因だ。たとえば彼は、生放送のテレビ番組に電話をかけてきて出演したり(偽者説あり)、新聞社に奇妙な文字が羅列する暗号を何度も送ってきて、全国民と知恵比べをしたりした。そこに重要なことが書いてあると言われれば、不謹慎ながらも誰もがワクワクしながらチャレンジしたに違いない。なんともエンターテナーな犯人である。
主人公の男は、やがて警察すらさじを投げたこの事件を執拗に追い続け、新事実をつかんでいく。そしてこの映画が見事なのは、最後に真犯人の名を告げる、というところだ。
だいたいこの手の未解決事件を扱う実話犯罪謎解きものは、最後のところは適当にぼかしてごまかすのが関の山。実話ならではの緊迫感はあるものの、通常のサスペンスと違いどうしてもオチが弱くなるのが最大の弱点であった。だいたい証拠が足りないからこそ今でも未解決なのであり、そこを下手に名指しして訴訟沙汰にでもなったら大変だ。
だが、フィンチャー監督は現時点で推理できる人物の名前をちゃんと出して幕を引いた。それができた理由は、最後のテロップで容易に想像できるものの、おかげでミステリ映画として収まりがよくなった。やや長さを感じさせるものの、よく事件のことを調べあげたからこそ作れた力作といえよう。
それにしても一連のゾディアックの子供じみた行動や、致命的なミスをいくつも犯した脇の甘さ、それでも捕まえられなかった警察など、ずいぶんのんきな時代だったなと感じられる。何しろ、科学捜査も指紋と筆跡鑑定くらいしか決定打がないのだからのんびりしている。
さらに、ゾディアックの影響をうけた後発のシリアルキラーたちの凶悪ぶり(日本の酒鬼薔薇聖斗もその一人だ)を思うと、この元祖殺人鬼がまともにさえ見えてくる。解けない暗号がいまだに残っているなんて話を聞くと、そこにはなにやらロマンすら感じさせる。
一度そんな風に感じてしまうと、いやがおうにも今の殺伐とした世相と比較し、絶望的な現状を再認識する羽目になり心が重い。こんな狂った犯罪者の映画を見て、「このころはのどかだった」などと感じてしまうのもどうかと思うのだが。