『パッチギ! LOVE&PEACE』60点(100点満点中)
2007年5月19日、シネカノン有楽町、渋谷アミューズCQNほか全国ロードショー公開 2007年/日本/127分/配給:シネカノン
反日ではない、これは反在日映画だ
井筒和幸監督といえば、かつては青春エンタテイメントの名手とのイメージが強かった。その後、紆余曲折を経て毒舌評論家としてお茶の間で人気となったのはご存知のとおり。しかし、拉致問題で北朝鮮を擁護するような発言をするなど、最近では朝鮮半島寄りの左翼映画人としても知られている。
その印象を強める原因ともなった前作『パッチギ!』(04年)では、在日少女と日本人青年のロミオとジュリエット的恋愛を描き、好評を得た。タイトルは朝鮮のことばで頭突きの意味。その言葉どおり迫力ある喧嘩シーンが見所のパワフルな青春ムービーだったが、その主人公一家の6年後を描く続編がこれだ。
ときは1974年、番長格で鳴らした朝鮮学校を卒業して、今では幼い息子チャンス(今井悠貴)を男手ひとつで育てる主人公の在日青年アンソン(井坂俊哉)。彼はチャンスの難病を治すため、一家と共に東京にやってきた。妹のキョンジャ(中村ゆり)は治療費を稼ぐため芸能界に入り、出自すら明かせぬ差別社会の中で必死の努力を続けている。一方アンソンは、自分を助けるため国鉄をクビになった気のいい日本人佐藤(藤井隆)を連れ、危険な裏の商売に手を染めはじめる。
「幼いチャンスの難病治療費を稼ぐ」というこのメインストーリーと並行して、終戦間際、徴兵されながらも戦いから逃げ続けるアンソンの父の物語が、南洋諸島を舞台に繰り広げられる。旧日本軍で虐げられる父の姿を見せることで、アンソンたちのルーツである在日一世に何がおきたのかを観客に提示する。
さて、この映画はインターネット上では「反日映画」などというレッテルを貼られ、見てもいない(とくに右翼的な)人たちから中傷を受けていると聞く。なんとバカげた話だろう。反日どころかこの『パッチギ! LOVE&PEACE』は、史上まれに見る反在日朝鮮人映画だというのに。
この映画の在日の描写はひどい。たとえば在日一家が海辺でバーベキューをする場面がある。ここでアンソンとその舎弟は、到底一家だけでは食べきれないほど大量の魚介類(サザエだかアワビだか、なにやら高級そうな貝類だ)を潜って獲ってくる。
それを見た地元のいたいけな日本人漁師が見かねて注意すると、あろうことか彼らは逆ギレして睨みつける。それを見たキョンジャはじめ家族は、アンソンらをたしなめるどころか「(貝も魚も)全部とっちまえ」などと叫び、全員で大笑いするのだ。あわれ、人のよさそうな漁師のおじさん二人は、彼らのえらい勢いに押され何も言い返せずに退散するほかはなかった。
いくら韓国漁船が日本海で似たようなことをやっているからといって、あるいは韓国人旅行者が対馬で同じ事をやっているからといって、こんな大胆な描写をする井筒監督は凄い。他の日本人監督では、とても恐ろしくてこんなシーンは撮れないだろう。
また、同じくアンソンらが早朝、どこかのマンションのゴミ捨て場から使えそうな道具類を拾ってくる場面がある。拾うなどと書いてはみたが、実際はワゴン車で仲間と乗り付けて、根こそぎ盗んでいく立派な窃盗である。すると、たまたま通りがかった日本人の警官二人が彼らを職務質問する。どこからどう見てもアンソン一味は悪質な犯罪者であり、現行犯なのだから当然だ。
ところがなんと、彼らはここでも逆ギレ。治安を命がけで守る尊敬すべき巡査二人に対し、今にも殴りかからんばかりの勢いで罵倒を始めるのだ。在日と知り、つい差別的発言を口にしてしまった警官も悪いとはいえ、これだけやられても逮捕どころか言い返すこともままならない警察の、在日社会への及び腰ぶりには驚かされる。
もしこれが北朝鮮の警察だったら、アンソンの人生は一巻の終わりだ。これをみると、なんて日本人とは優しくて、寛容な国民性なのだろうという気分になる。一方在日朝鮮人とは、なんとわがままで乱暴な民族なのだと思うはずだ。もちろん、友達になんてなりたくもならないに違いない。ただ、ひたすら自爆する彼らの行動を見て、いたたまれない気持ちになるだけだ。
こうした「在日のひどい描写」は、じつはこの2つ以外にもたくさんある。受ける印象と180度異なるエンディングの真意も含め、いくら何でもそこまでひどくしなくてもいいじゃないかと思うほどだ。この詳細については、出演するラジオでもテレビでも言えなかったのでここに全部書きたかったのだが、やっぱり長くなりすぎてしまうのでぜひご自身の目で確かめてみてほしい。※鑑賞後もこの文章の意味がわからぬ人は、帰国事業の年代史とチャンスの病名について調べてみてください。
しかし、もしあなたがこの映画で在日に対していやな印象を持ったからといって、それらが正しいわけではないという事に注意すべきだ。これはあくまで井筒和幸という一人の人間の目から見た、在日のいち側面にしかすぎないのだ。だから本作を見終わった後、間違っても彼らに差別的な意識を持ったりしないでほしいと思う。
それにしても、井筒監督には深く同情する。自身が世に出したはずの沢尻エリカとその所属事務所には「出演拒否」というキツいパッチギを食らわされ、おかげで続編だというのに主要キャスト総入れ替えとなってしまった。
そして、せっかく在日の人々の苦労と悲劇を描き、人々に共感を得てもらおうと作った映画なのに、これでは当の彼らからもきっと少なくない苦情が来るだろう。その上一部の日本人からは、反日映画だの売国奴だのとひどい言われようだ。
個人的にはこの映画のように物議をかもす作品はすばらしいと思うし、技術的にも南洋諸島における機銃掃射の場面など、見事なできばえだと思う。戦争は必要悪でなく絶対悪であるという、監督の確固たる信念がなければ、ここまで残酷一辺倒な戦争シーンは決して作れない。
ネット上の過激な愛国世論に配慮でもしてるのか、あるいはたたかれるのが怖いのか、最近は自らの主張を堂々と語ることをしない左翼映画人が多いようだが、彼らは井筒監督のこの迷い無い姿勢をこそ見習うべきだろう。自らの信じるものを自らの言葉で語った映画は、右左関係なく存在価値があるもの。年をとっても反骨精神を失わぬ井筒監督には、今後もへこたれることなくパッチギをかまし続けてほしい。私は心から応援している。