『イノセントワールド 天下無賊』75点(100点満点中)
天下無賊/ A world without thieves 2007年4月28日より渋谷Q-AXシネマにて公開 2004年/中国/1時間56分/配給:キネティック、アルゴ・ピクチャーズ

現代中国にたとえたがごとき構図と感動的なストーリー

本国では記録的な大ヒットをしたにもかかわらず、日本では話題にも上らないという映画は意外に多い。2004年に作られ、05年のお正月映画として中国でダントツの人気だった『イノセントワールド 天下無賊』もそんな一本だ。しかし、そういう作品にこそ各国の大衆の本当の好みが出ていると見るべきであり、鑑賞すれば彼らと同じ空気を味わえるという意味でたいへん興味深いといえる。

ワン・ポー(アンディ・ラウ)とその恋人ワン・リー(レネ・リウ)は、カップルで協力して詐欺や盗みを働くことを生業としている。しかし、リーは悪党稼業に嫌気が差し、足を洗いたがっている。彼らは長距離列車で素朴な青年(ワン・バオチアン)と同席するが、田舎育ちで人を疑うことを知らぬ彼は、大声で「全財産を持って故郷に帰るところだ」と話し続ける。ポーや、偶然乗り合わせた窃盗団グループは、それを聞いてとたんに色めき立つ。しかし、ただ一人リーだけは、この心優しい青年の金と心を守り抜こうと決意するのだった。

満員列車の中で「金を持ってる」といったとたん周りがギラギラしだすという展開は、妙にリアリティがあって笑える。青年は長年の奉公で貯めた全財産を結婚資金にして故郷に戻る気でいるが、見ているコチラはあまりに彼が無防備なので冷や冷やし通しだ。

彼やまわりの乗客、そして鉄道警察の目の届かないところで、激しい争奪戦、盗みの攻防戦が繰り広げられるスリリングさ。すべては走行中の列車の中および屋根の上(?!)で進むスピーディーかつ密室風味の展開。舞台が狭いほどサスペンス度は上がるという法則が私の中にはあったりするが、これもまたその例に漏れない抜群の面白ムービーだ。

この映画が中国で大ウケした理由は、香港からやってきたアンディ・ラウというスターの名前の力ももちろんあるだろうが、それよりもこの物語の構図にあるのではないかと思う。

いま中国では、農村部の労働者をタダ同然の賃金で雇って生産した激安商品を世界中に売りまくり、沿岸部の商人が大もうけしている。膨大な人口を背景にした、この半永久的奴隷供給システムにより、かの国は経済成長を遂げている。この不当かつ不公平なシステムは、輸出先の製造業をことごとく壊滅させるので、「中国は世界最大の失業者輸出国」とさえ揶揄されているが、当の中国でも激しい格差社会を生む結果となり、勝ち組になれなかった人民の不満は爆発寸前とされている。

そんな背景を少しだけ意識してみると、この朴訥な青年は農村部の住民やマジメに働く労働者の象徴であり、感情移入先であることがわかる。その彼のなけなしの金を奪おうとするのは、普段彼らから搾取しまくっている沿岸都市部の富裕層そのものだ。そんな「悪党」どもから青年を守ろうと孤軍奮闘するヒロインの姿が中国の労働者たちにどう見えるか、想像に難くはない。

映画自体も良くできていて、アクションではなくストーリーで楽しませるに十分。感動的な終盤の展開には思わず涙、だ。

実際は一番腹黒そうな政府・公安警察が妙にいいヤツだったりと、プロパガンダチックな一面も垣間見えるが、私にはいまの中国人が喜ぶものがどんなものかハッキリわかっただけでも大きな収穫であった。

アンディ・ラウは日本ではそれほど集客力のあるスターというわけではないが、たとえ彼が出ていなかったとしても十分オススメできる一本。もし近くで上映していたら、鑑賞の候補に入れてほしいと思う。



連絡は前田有一(webmaster@maeda-y.com 映画批評家)まで
©2003 by Yuichi Maeda. All rights reserved.