『ストリングス 〜愛と絆の旅路〜』85点(100点満点中)
2007年4月28日より全国ロードショー 2004年/デンマーク/93分/配給:エイベックス・エンタテインメント+ジェイ・ドリーム

完成された世界観のもの凄さ

2004年に作られたこのデンマーク製の人形劇映画は、その格調高さでカンヌで好評を得ていたが、日本公開にあたりジャパンバージョンと称する脚色、再編集がなされた。聞けばほとんどオリジナルと差はないという話だが、ちなみにこの日本公開版の監督を務めるのは、最新作『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』が控える庵野秀明だ。

バロン王国の国王カーロ(声:市村正親)は、数百年にもわたる戦争の重責を苦に自害を遂げる。死の間際、彼は心優しき王子ハル(声:草なぎ剛)に後を託す手紙を遺すが、王位を狙う謀略家の弟ニゾ(声:伊武雅刀)がいち早く王の自害を察知、遺書をうち捨ててしまう。しかも、王の死を敵方の仕業と発表し、王子を復讐の旅へとかきたてるのだった。

映画『ストリングス』は、最初に人形たちを操る人間、すなわち神の視点のごとき舞台裏を写すところから始まる。その後カメラは地上に下りてゆき、そこから最後まで一切人間の存在は出てこない。完全に人形界の物語に移行するのだ。

人形を操る糸は、CGで消すなどせずそのまま画面に写っている。むしろ、神(操る人間)と人形を結ぶその「糸」こそがストーリー上きわめて重要な要素であり、テーマを表現するための最高の小道具として消化されている。この世界観が秀逸だ。

具体的には、それぞれの人形=登場人物は、天から自分に伸びる糸が敵などに切られてしまうと絶命する。とくに頭を支える一本の糸は重要で、これを切られると即死してしまう。このルールがときには戦闘シーンに大きなスリルを与えたり、驚くほど美しいラブシーンに貢献したりする。

中でも圧巻なのが、大軍勢同士の戦争の場面。通常、映画において表現したいものをそのまま写すのは最も芸のないやり方で、そういう作品ばかり見ていると段々物足りなくなってくる。そのものズバリを写さずに、ズバリを写したとき以上に雄弁に表現できるよう力を注ぐのが映画作家の腕の見せ所である。

その点『ストリングス 〜愛と絆の旅路〜』の戦争場面は、大軍勢を写す代わりに空を見せる。そこには上空から伸びる無数の糸が錯綜し、ほとんど真っ黒に見える。やがて戦いがおわったとき、同じ空がはたしてどう変わるか。このあたりの表現の美しさには目を見張るものがある。

糸を利用した果てしなく縦方向に長いこの世界観、表現方法の完成度はきわめて高く、ぜひ一度見てほしい。人形たちを動かすのは欧州各国から集まった人形師たち22名で、彼らにかかると無機物のはずの人形が、われわれの心にガツンとさまざまな事を訴えてくる。すごい演技力である。

それぞれの人形は長さ5メートルの糸で上から操られ、1体をその道のプロが5人がかりで動かしている。全部で115体用意された人形を操る糸の長さは、のべ10キロメートルにも達したという。完成までには4年かかり、撮影だけでも23週間かかった。CGなどのごまかしは一切ない、すべて職人たちの手による伝統工芸品のような映画だ。

権力者に操られるように愚かな戦争を引き起こす人々、そして主人公。そんな人形たちを操る私たちはさて、絶対に操られていないと断言できるのだろうか。そんな奥深いテーマをさりげなく問いかけるこの作品。観客のすべてをはっとさせるラストシーンが伝えようとするのは、はたしてどんな意味か。じっくりと考えてみたい。



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