『蟲師』35点(100点満点中)
MUSHISHI 2007年3月24日より渋谷東急ほか全国公開 2006年/日本/上映時間/131分/配給:東芝エンタテインメント

画面作りで手一杯な感

世界のオオトモこと、この映画の監督大友克洋は、代表作「AKIRA」をはじめ数々のアニメ映画、そして漫画の傑作を生み出してきたことで知られる。内外ともに信者とでもいうべき熱狂的なファンが多いことでも有名だ。そんな彼が、今回は実写映画に腕を振るった。それが「蟲師」だ。

舞台は100年前の日本。原生林に囲まれたこの国には、蟲と呼ばれる多種多様な生命体が存在する。ときには幽霊のように人に憑いたり、一般の人には見えぬ姿で移動したりする。そんな蟲たちと、その対処法の専門家を人々は蟲師と呼んだ。蟲を引き寄せてしまう体質のギンコ(オダギリジョー)も優秀な蟲師のひとりで、国中を旅しながら蟲と人の共存について思索をめぐらせていた。

映画は一話完結型の原作からいくつかの話を抽出し、多少のアレンジを加えてつなげたような構成。蟲のパワーを文字に封じ込める能力を持つ女、淡幽を蒼井優、ギンコの出生の秘密に関わる女蟲師ぬいを江角マキコが演じている。

漆原友紀による同名コミックはアニメ化もされて好評のようだが、原作漫画の独特なタッチを、大友克洋ならではの独自性の高い映像表現でどう映像化するかが、この映画版には期待されている。

それについては撮影に数ヶ月をかけ、森をややくすんだグリーンの色合いに調整し、さらにふんだんにVFXを織り交ぜるというやり方で、独特の映像美を実現した。そこには「AKIRA」に見られるような疾走感は皆無だが、日本古来のうっそうとした原生林ならではの静謐性にこだわった、静かな絵作りが徹底されている。原作の持つムードがうまく出ているかどうかはともかく、これまでとは一風違ったオオトモワールドを作り上げたということだけは確かであろう。

とはいえこの映画の「静けさ」とは、意味のある「間」で構成された昔ながらの日本映画のそれとは微妙に異なる。いってみれば、ひとつのショットを左右からひっぱって伸ばしたような「間」であり、そこには世界観の奥深さというよりは、平面的な退屈さをのみ感じさせる。「間」とは、ただゆったりさせれば良いというものではない。物語にも絵的にも抑揚がなく、明確な意図もなくただテンポを緩めたようなこの映画は、デジタル的で味わいのない静止画を間延びして見せられているだけのように感じられる。

実写の経験が少ない監督がこれだけの映像を作ったことは凄いこととは思うが、これはどちらかといえば作家の自己満足を見に行くような作品。海外の評価が高いと聞くが、果たしてこの映画に大友克洋の名前がなかったら同じ評価を得られたかどうか、大いに疑問だ。

私個人としては、やはり監督としての大友克洋はアニメーション向きであろうと思うし、そちらに力を注いでもらいたいと願っている。彼の「AKIRA」は多くのクリエイターがマネしたいと思うような魅力に満ちているが、「蟲師」からはそういう新しさはまったく感じられない。このレベルの実写作りにこだわるよりは、やはり本業に精を出してほしいと思うのである。



連絡は前田有一(webmaster@maeda-y.com 映画批評家)まで
©2003 by Yuichi Maeda. All rights reserved.