『パラダイス・ナウ』70点(100点満点中)
Paradise Now 2007年3月10日より、東京写真美術館にて公開 2005年/仏・独・蘭・パレスチナ/90分/配給:アップリンク

テロリストの最後の一日のすごし方

『パラダイス・ナウ』は、私たちがいわゆるテロリストと呼んでいる存在、とくに自爆テロを行う人間が、最後の一日をどう過ごすかを詳細に描いた異色のドラマだ。

テロは問答無用の悪だと考える人々にとって、人間としての彼らの行動原理を理解しようという試みはすべて受け入れられないものと見え、この映画に対しても激しい反対の署名運動が繰り広げられた。それが影響したのかその年(2005年)のアカデミー外国語映画賞は逃したものの、本作が優れた映画作品であることに違いはない。

主人公の若者二人は長年の親友同士。彼らはパレスチナのイスラエル占領地ナブルスで自動車修理の仕事をしている。ロードプロックとフェンスに囲まれた不自由な町の中、閉塞感と貧しさは彼らの未来に大きな影を落としていた。ある日二人は、所属する抵抗組織が行う報復爆破作戦の実行者へと抜擢される。作戦は48時間後。二人は最後の日々をあわただしくすごし、やがてそのときを迎えるが……。

すんなり作戦が終わるわけもなく、二転三転する展開が待っているが、それは映画館でのお楽しみ。

さて、この映画ではパレスチナの占領地の現実が、これまでにないほど正確に、ていねいに、そして誠実に描かれている。ハニ・アブ・アサド監督はパレスチナ系の人物ながら、映画で政治的な主張を行うタイプではないようで、あくまで本作を「主張ではなく説明」と解説している。じっさい、感情的な部分は無く、よくぞここまで突き放して冷静な視点を保ったものだと感心する。

しかしこの映画、色気がまったく無いわけじゃない。それどころか主人公のパレスチナ人が仲間に用意される最後のご馳走の場面は、ダヴィンチの『最後の晩餐』と構図が同じで、もしこれが監督の意図したものだとしたら強烈なパンチ、皮肉(あの絵の主人公は、ユダヤ人によって処刑されたイエス・キリストなのだから)である。

その他面白い場面としては、やはりテロリストデビュー(と同時に人生最後の一日)のディテール部分。思ったより小柄でフツーの人だった"伝説のリーダー"との面会場面、爆弾を体に巻くテープの品質が悪かった件について語る場面、犯行声明ビデオの撮影時に周りの連中が立ち食いして緊張感をぶち壊しにしているシーンなど。いずれにおいてもそこはかとなく気まずさ、滑稽さが漂っている。監督は、聖戦の現実とはこんなものさ、と自嘲気味に描いてみせる。

見ていてどうにも薄ら寒くなるのは、爆弾しょってイスラエル側に突入する二人がイカレタ狂信者でも何でもなく、現状に不満を持つただのやぶれかぶれな若者のごとく見える部分。どこの国の少年たちにもある、若さゆえの破壊衝動がそこには垣間見え共感すると同時に、その共感の相手が恐ろしいテロリストなんだと気づき慄然とする。そういう怖さが『パラダイス・ナウ』にはある。

パレスチナの監督がイスラエル人プロデューサーの協力を得て現地でロケし、途中でドイツ人スタッフらがその一帯の治安の悪さに恐れをなして逃げ出しながらも、なんとか完成させた渾身の一本。

題名の意味するところは一番最後のショットで判明する。中東の混迷についていろいろと考えさせられる、大変いい映画であった。

マーシャル・ロー
同じ題材でもアメリカが作るとこうなるという例。


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