『ボビー』45点(100点満点中)
Bobby 2007年2月24日より、TOHOシネマズ六本木ヒルズ他全国ロードショー 2006年/アメリカ/120分/配給:ムービーアイ

監督の入れ込みようにドン引き

ロバート・F・ケネディといえば、兄のJFK政権時代にはキューバ危機の解決や数々の犯罪対策に手腕をふるい、大統領選の民主党有力候補として市民の期待を集めていたさなかに暗殺された悲劇の政治家。移民や被差別人種ら弱きものたちの英雄として、今でも絶大な人気を誇る。

そんな彼の暗殺事件は、同時期のジョン・F・ケネディやマーティン・ルーサー・キング牧師の暗殺事件とともに、一種のトラウマとして米国民の間にくすぶっている。『ボビー』はそうしたアメリカ人の心の琴線を刺激するアンサンブルドラマだ。

68年6月5日。ボビーことロバート・F・ケネディが暗殺される16時間前。彼が倒れることになるアンバサダーホテルには様々な人々が集まっていた。引退した元ドアマン(アンソニー・ホプキンス)はかつての同僚とチェスを楽しみ、若い花嫁(リンジー・ローハン)とその結婚相手(イライジャ・ウッド)は何やら特殊な事情を抱えている。ボビーの前座で歌う予定の人気歌手(デミ・ムーア)はホテルの美容師(シャロン・ストーン)に、スターとしての孤独を語る。人種も年齢も立場もまったく違う22人の登場人物がそれぞれのドラマを繰り広げる中、やがてホテルにボビーがやってくる。

そのほかにもローレンス・フィッシュバーンやヘレン・ハント、アシュトン・カッチャー等々、そうそうたる顔ぶれの役者たちがこの群像劇に参加する。人気スターを集めて複数の人間ドラマを並行させる、いわゆるグランドホテル形式というやつだ。なお、実在の事件を舞台にしてはいるが、各エピソードは実話というわけではない。

社会の下層に位置する労働者から華やかなエンタメ界のスターまで、また黒人や他の有色人種から白人まで、米国社会の縮図としてアンバサダーホテルを設定し、あの事件がどれほどこの国に影響を与えたのかを浮き彫りにする。我々日本人の観客は完全に外野であるから、少し離れた目でそれを眺めるほかはない。

監督のエミリオ・エステヴェスはトム・クルーズらと同世代の役者として活躍した印象が強いが、実際は監督や製作業もかなり前からこなしている。本作では実父のマーティン・シーンも出演、さらに、エミリオ・エステヴェスにとっては元カノであるデミ・ムーアと、その現在の旦那であるアシュトン・カッチャーが出ているというのも興味深い。微妙な人間関係が渦巻く撮影現場の雰囲気を想像すると、ちょっと面白い。

逆に『ボビー』で面白くない点は、数々のドラマが暗殺事件とまったく関係なく、互いの結びつきもないために、群像劇としてのスリルに欠けるところだ。それでも各役者のキャラクターや演技を見る楽しみはあるが、いずれにせよ登場人物が多いので、初期の段階で誰が誰だかしっかり記憶しておくことをすすめる。

それにしても、アイルランド系(注:ケネディはアイルランド系)の血を引き、有名なリベラリストの父を持つこの監督の、あまりのボビーへの入れ込みようにはドン引きする。ブッシュ現大統領の共和党が力を失い、次期大統領選では女性のヒラリーか黒人のオバマのどちらかが民主党候補として当選すると見られている現在、こうした企画にはGOサインが出やすいのだろうが、そうした背景とともに、プロパガンダぽさを助長する原因になっている。

その最たる例として、監督はよほどこの政治家を特別に思っているのか、彼に対してだけは役者を当てることが出来なかった。よって暗殺事件の様子は、当時の実際のニュース映像などを、役者たちによる芝居にはさんで交互に見せる演出となっている。

しかし、明らかに画質の違う当時の映像が入るたび、猛烈な違和感が観客を一気に現実に引き戻す。本物の映像を使えば使うほど、反対に物語のウソくささが増す。事件を目撃したホテルの人々(を演じる俳優)がキャーキャー叫んでも、そこだけが浮いているようにみえる。こうした演出がもたらす逆効果について、この監督はあまりに鈍感すぎる。

そんなわけで『ボビー』は、残念ながら当時の米国を知らない日本人がわざわざ出かけていくほどの出来ではない。もともと事件の内幕に迫る社会派ものではなく、事件による当時の人々の反応を描くドラマであるから、難しい部分はあるのだが。



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