『叫』40点(100点満点中)
SAKEBI - Retribution 2007年2月24日シネセゾン渋谷ほかにて全国ロードショー 2006年/日本映画/104分/配給:ザナドゥー、エイベックス・エンタテインメント、ファントム・フィルム

光る要素はあるが、クロサワ作品としては平凡

黒沢清監督は、世界的にも評価の高い日本のホラー映画監督の中でも、間違いなくトップクラスに入る実力者といえる。その最新作『叫』は、彼の作品ではおなじみの役所広司を主演に据えたミステリ色の濃い幽霊ものだ。

湾岸地帯で女の死体が発見された。主人公の刑事(役所広司)は手口から連続殺人とあたりをつけ捜査を開始するが、その後死体周辺から自分の指紋が発見されるなど、不可解な出来事を目の当たりにする。もしや、知らぬ間に自分が殺ったのか……? 自分自身の存在にすら自信を持てなくなった男の周辺に、やがて赤い服を着た謎めいた女が現れるようになり……。

どんでん返しのある殺人事件ものだが、いくらなんでもこれをミステリとして売るのは無理がある。この監督にとっての新機軸というが、これはやはりいつもの純粋なホラームービーだ。では、それとしてその出来はどうかというと、全体的に少々物足りないといったところ。

確かに、随所に黒沢監督らしさは出ている。たとえば、ワンカットで見せる人間飛び降りのショッキングシーンや、終盤における水に関連するある場面。こうした映像はVFXが発達した現代の映画に慣れた観客さえも、はっとさせるものがある。おそらく黒沢監督の過去作品を見たことがない人がこれを見たら、相当な恐怖を感じるだろう。

見慣れた現代の街をまるで別世界のように感じさせる、黒沢フィルターとでもいうべき独特の映像作りも健在。イエローがかった空、街なかだというのに他者の存在をまったく感じさせない荒涼感、輪郭さえはっきりしない廃墟のビル。屋外で繰り広げられる室内劇とでもいいたくなる"黒沢ワールド"は、いつもどおり堪能できる。

これは不気味な風景を見つけてくるロケハンの能力か、あるいはどんな場所でもこの監督にかかるとこうなってしまうのか。いずれにせよ、この緊張感は何物にも代えがたい。

しかし『叫』には、残念ながらそれ以上の魅力を感じがたい。動機不明瞭な展開も、少々意外な結末も、定番の幽霊ものの枠を超えておらず、「この程度か」の思いを禁じえない。どうしても期待が大きいために、評価は辛くなってしまう。黒沢ファン以外の方には、これから入るのではなく、できれば定評のある他の過去作品を先に見てもらいたいと思う。



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