『バブルへGO!! タイムマシンはドラム式』90点(100点満点中)
2007年2月10日、日劇PLEXほか 2007年/日本/配給:東宝

楽しめる層はかなり限定されるが、当てはまれば敵なしの面白さ

この映画は「期待せずに見たら大当たり」という典型例のような作品であった。

とうとう破綻のときを迎えた日本経済を救うため、ある 財務官僚(阿部寛)はタイムマシンでその発明者(薬師丸ひろ子)を1990年に送り込むことを決めた。バブル崩壊の引き金となった大蔵省通達、いわゆる総量規制を止めるためだ──というあらすじ自体は、なかなか面白そうと思ったものの、日立製作所とのタイアップによる「ドラム型洗濯機タイプのタイムマシン」などというバカげた設定をみて、どうせろくでもないバカ映画だろうと、高をくくっていたのだ。

むろん、上記ストーリーから一瞬連想するような社会派SF、すなわち経済問題等を過去からシミュレーションする知的な作品なんぞを期待してはダメだが、タイムスリップをネタにしたコメディとして見れば、すこぶる出来のよい一本であった。

物語は、過去に出向いた発明者からの連絡が途絶え、やむなくその娘(広末涼子)を二人目のエージェントとして送り込むところから俄然面白くなる。経済のけの字もわからぬ借金漬けのキャバ嬢である彼女が、なぜ日本の運命を背負う大作戦に抜擢されるのか。そのあたりもまた爆笑ものなのでご注目。

ともあれバブル時代に乗り込んだヒロスエさんは、あまりに2007年と違うその光景に唖然呆然。きっと観客の多くも同じ思いをもつだろう。面白いのは、これがわずか17年前のこの国の風景であり、当時を実際に体験したはずの私でも、彼女と同じ感想を持ったということだ。日本は短期間で大きく変わった。バブル崩壊はそれほどの一大転機であったのだと、いまさらながら実感させられる。

よくできたセットやCGで表現される当時の風景、風俗は、どれも30代以上の人ならば「ああ、いたいたこういうヤツ」「オレも似たようなことをやった」と思えるものばかり。たとえば昔の写真を見たとき、いくら流行っていたとはいえ、どうしてあんなみっともない髪型にしていたんだろうと気恥ずかしくなる事がよくあるが、この映画の楽しさはそれに似ている。

極太眉毛にソバージュ&ボディコンで扇子を振り回すなんてファッションを、なぜ誰も恥ずかしいと思わなかったのか。まったくもって不明だ。あのころのディスコでは、そんな女の子のパンツを見上げながら男たちはカクテルを飲んでいた。

これほどの時代ギャップが、わずか17年前という近場に存在したことに目をつけたこの映画の企画スタッフは凄い。しかもそれを最大限に利用した興味深いシナリオには、つぼをはずさぬ笑いが数え切れぬほど盛り込んである。さすがはあの時代、スキー場にユーミンを広めるなど数々のバブル文化を仕掛けたホイチョイ・プロダクションズだ。自分らの得意とするフィールドで勝負しているだけのことはある。

しかも痛快なのは、彼らがそんな自分たちのやったコト、消費至上主義を日本に蔓延させたことを、これっぽっちも反省せず、堂々と肯定しているということだ。この映画に彼らは、近年流行っている格差社会への批判とか、そういうありきたりなテーマを盛り込まなかった。このストーリーを、それをやらずに仕上げた勇気は大いにほめるべき点だ。この作品のラストシーンのこの上ない気分のよさはそんな彼らの潔さから生まれている。

潔いといえば、そもそも日本人、それも当時都市部に住んでいた30代〜40代あたりのごく狭いマーケットの人しか楽しめないであろうこんな企画を、本気で作ってしまうというあたりもそうだ。日本専用、30代専用、じつに結構ではないか。映画祭やら海外進出ばかりが能じゃない。

阿部寛はもちろんだが、広末涼子の名コメディエンヌぶりも大きな収穫であった。競泳用水着を着るといまでも高校生のように見える彼女には、こういう役がよく似合う。子供を産んでも健在なあのかわいらしい口元と声、まさに、MAJIでKOIしそうになってしまうというものだ。

リンドバーグやらプリプリといった、当時を懐かしむことができる年代の人限定ではあるが、当てはまる人には今週はぜひこれを見てほしいと思う。楽しくて明るくて、思いっきり爽快な映画。鑑賞後の気分も最高だ。



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