『世界最速のインディアン』80点(100点満点中)
The World's Fastest Indian 2007年2月3日より全国ロードショー 2005年/アメリカ、ニュージーランド/127分/配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント

骨董品のごときバイクで無謀な記録に挑戦したオヤジの物語

最近、実話の映画化が多いような気がするがコレもそのひとつ。バイクいじり暦ウン十年、三度のメシよりバイクが好き。近所から変人扱いされているそんな爺ちゃんが、あろう事か世界最高峰のスピードレースに挑戦するという話。映画はロードムービー風味の、心温まるさわやかな感動ドラマになっている。

舞台は60年代、ニュージーランドの片田舎インバカーギル。ガラクタだらけの家に独り暮らす初老の男バート・マンロー(アンソニー・ホプキンス)は、今日も隣に住む少年と一緒にバイクの改造に精を出す。少年から借りた肉切り包丁でタイヤを削ったり、年代モノのエンジンを溶かしてピストンを作ったりと、呆れるようなやり方で愛車のインディアンの手入れをしていく。実はバートには、いつかこのマシンで地上最高速の記録を破るという、25年来の夢があるのだった。

そんなバートは、とにかく憎めないオッサンで、数々の非常識な行動も、屈託のない笑顔と無邪気な人柄で周りから許されてしまうタイプ。60を超えているのに少年のような彼は、社会の常識より自分の中のマイペースなルールのもとで生きている。

やってる事は10代の少年のようだが、若者のように周りに反発したりはしないその余裕が、のんきでたいへん微笑ましい。困ったときは恥ずかしげもなく他人に頼るし、人々の好意は遠慮なく受け入れる。何もかも無理して独りでやろうとしない、そのゆるやかなムードが心地いい。さすがは人生のベテラン、妥協すべきところとそうでないところを正確に知っているというわけだ。

演じるアンソニー・ホプキンスは、英国でサーの敬称で呼ばれる名優中の名優。今回は脳みそを食うこともFBI捜査官の女の子をプロファイリングすることもなく、とにかく思い切りポジティブな気持ちのいいオヤジを好演。

彼が憧れの地ボンヌヴィル(果てしなく平坦な塩平原が広がり、直線で500km/h を越える速度を出せる地球上でも数少ないレース地のひとつ)に向かう展開だが、情報社会の今では考えられないようなトラブルが連続。何しろバートは、出場規約ひとつ読まず、泊まる場所も決めず、全財産をはたいて外国の地に出向くのだ。

必要なものは(なんとバイクを運ぶキャリアまでも)とんでもない方法で現地調達。こんな向こう見ずな旅にも、思わず説得力を感じてしまうあたりが面白い。

主人公が駆るマシン、インディアン・スカウトの爆走シーンも大迫力。真っ白な大平原を、実際に250km/hも出る撮影用バイクが突っ走る様子はものすごい快感。

マシンも人間も年代もの。そんな主人公ははたして無事レース会場にたどり着くことができるのか。そして、ハイテクマシンが居並ぶ大会で、満足のいく記録を出すことができるのか。とにかく爽快で、カッコよくて、ホロリと泣かされる幸福感あふれる一本。誰にでも安心してすすめられる、とても良い映画だ。



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