『幸せのちから』85点(100点満点中)
The pursuit of Happyness 2007年1月27日(土)より全国東宝洋画系にて 2006年/アメリカ/120分/配給:ソニー・ピクチャーズ・エンタテインメント

結末を知ってると面白さ半減

手遅れかもしれないが、この映画に興味を抱いた人に、私からひとつ重要事項をアドバイスしたい。それは、もしアナタがこの作品の元となったクリス・ガードナーという男の実話の、とくに結末について何も知らないのならば、何も読まず聞かず 先に映画館に行ってきなさいということだ。

この記事では映画の後半部分についての言及は避けているが、世間に出回っている本作の紹介記事は、なんの疑いもなく無邪気に結末まで書いてあるんだから参る。そりゃ、そこをアピールすれば多くの人が興味を持つだろうが、その代償として鑑賞時の満足度は著しくそがれていまう。

この映画で儲けたい宣伝会社側がそれをやるのは仕方ないにせよ、紹介者、批評家まで一緒になって広めてしまうのはどうしたものだろう。映画会社のよこす紹介文のひな型に書いてあるからまあいっか、なんて思っているのかは知らないが、本当に観客のことを考えるなら、そういう資料を作って持ってくる方を批判すべきではないのか。少なくとも、そんな資料はさっさと捨てて、ネタバレ無しでいかに作品の魅力を伝えられるかに知恵を絞るべきだと私は思うのだが。

クリス・ガードナーは米国のTVドキュメンタリーでその名が広まった人物で、その後著書もベストセラーとなり、あちらでは有名人。しかしここ日本ではそれほど彼の物語は知られていない。誰かが不用意にネタバレを広めることさえしなければ、私たちは米国人の観客以上にこの映画作品を楽しむことができるはずだ。

作品じたいは大変よくできたもので、主人公父子に焦点を絞って丁寧に心の表情を切り取った、見ごたえのある人間ドラマ。

主人公のクリス(ウィル・スミス)は医療機器のセールスマン。だが、どう見ても売れそうにない商品かつ歩合制のため収入はほぼゼロ、家計は破綻寸前だ。5歳の息子(ジェイデン・クリストファー・サイア・スミス)との関係は良好だが、妻とのそれは最悪で、やがて愛想をつかされてしまう。とうとう息子と二人きりになったクリスは、人生一発逆転の望みをかけて証券会社のトレーダーを目指すのだが……。

なんの経験もない業界にその歳で転職とは、まさに負け組の典型的なパターンだ……と誰もが思うが、クリスは並大抵の人物ではなかった。息子を守らねばという強い責任感と、どん底から這い上がりたいという鉄の意志があった。はたから見ても頭が下がるような努力を24時間続ける彼の姿からは、現代人が忘れている、いや忘れようと隅に追いやっている大事なコトを思い出すことができる。

まったく先に希望が見えないのに努力し続けているとき、ふと脳裏に浮かぶネガティブ思考の芽。胃が痛くなるようなその不安感をきちんと表現できている。劇中最も過酷な場面で主人公が一筋の涙を流す際の表情、これには強く心打たれた。ここはウィルスミスの演技中、最大の見所といえる。

最初は給料ゼロの研修生。しかも、半年後に正社員昇格の望みがあるのはわずか1名。相変わらず売れない商品のセールスをやりながら、合間に市場経済の猛勉強。同時に見込み客名簿をみながら一日数百件の電話セールス、そして保育所に預ける息子の送迎。そんなハードな日々を送る父子の前に、しかしさらなる転落が待ち受けているとは……ああおそろしや格差社会。

映画と実話の違いはいくつかあるが、子供の年齢が実際は2歳のところを5歳にしたあたりはもっとも大きな変更だろう。今回、ウィル・スミスは実際の息子と共演しているが、息はさすがにピッタリ。よりドラマティックな物語にするために、この設定変更は有効であった。

2時間近い上映時間が終わったとき、私は思わず「え、もう終わり?」と思わず腕時計を見た。練習を3分刻みで行うボクサーは、正確に180秒の体内時計を持っているといわれるが、我々映画批評家も事前に尺を聞いておけばかなりの精度で体内タイマーを作動させることができる。しかし、その機能が失われるほど私はこの映画に没頭していたのだ。

母親も含め、父子以外の内面描写がバッサリ切り捨てられており、なんとも強引な印象をうけるが、実話ドラマとして泣ける度はかなり高く、おすすめだ。

 
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原作ですが、リンク先もネタバレなので映画を見る前にクリックしないほうがいいです。
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ウィルスミスのオススメ品。とにかく派手な映画がみたい人に。
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