『武士の一分』85点(100点満点中)

キムタクの魅力を引き立てた相手役の檀れいが最大の収穫

山田洋次監督による、藤沢周平原作もの時代劇三部作の完結編である本作は、同時に木村拓哉が主演ということで、メディアから熱い注目を浴びている。視聴率請負男を主演に据え、万全の体勢で挑むこの映画がもし、コケるような事にでもなれば、大変な騒ぎになることは容易に想像できる。はたしてその演技は鑑賞に耐えるものか否か。

時代は幕末、主人公は東北の小藩の下級武士、三村新之丞(木村拓哉)。彼は城内の毒見役の一人としてわずかな収入で妻の加世(檀れい)と共につつましく暮らしていたが、あるとき事故で失明してしまう。城にも通えなくなり、暮らしが徐々に立ち行かなくなる中、それを見越した有力者の島田(坂東三津五郎)は、かねてから狙っていた加世に近づいていく。

卑劣な上司から、愛する家族にひどい仕打ちを受けた男が、まったく勝ち目のない戦いに挑む悲壮なる復讐劇だ。盲目の主人公が剣の達人と果し合いをするクライマックスは、リアリティを最重視した乾いた空気の中で、息詰まる緊迫感をもって演出される。

──とはいえ、この映画の中ではそれはほんのわずかな見せ場に過ぎず、大部分は木村拓哉と檀れい、そして彼らに仕える徳平役の笹野高史の穏やかな日常の暮らしぶりが丹念に描かれる。そしてこちらこそが、『武士の一分』の本質だ。

美人でありながら人目を引くような化粧はせず、しかし身の回りの清潔には常に気を配り、微笑を絶やさない妻。正直者で心配性の徳平。それにわざと悪態をつく主人公。そのユーモラスなやりとりは、家の中の空気をほっとさせる。何の気兼ねもせずいられる、この上なくのどかな日常の一こまだ。

狭く古いが隅々まで清掃が行き届いた住まい、つがいの小鳥、縁側に差し込むやわらかい光……そうしたありふれた要素、細部に力を入れた山田洋次監督の演出は、『誰にでもある日常こそが、いちばんかけがえのないもの』というこの映画のテーマを、明確に表現している。

中でも重要なのが食事をする場面。何度も何度も出てくるこの場面は、多くのことを雄弁に観客に伝えてくる。仏頂面をしていても、新之丞がどれだけ加世を愛しているか、この暮らしがどれほど幸福なものか。この食事シーンだけで十二分に伝わる。皆さんも劇場に行く際は、ぜひこの食事シーンを、その質素なメニューや作法など、細部までよく観察してみてほしい。

そうすることで映画を見ている私たちも、実際に家族の大切さを思い起こし、どんなことをしても守らねばならぬのだと、強く再認識させられる。そうした大切な存在を命をかけて守ること、それこそが武士道なら、本作は題名どおり、それをもっとも明瞭に描いた作品といえる。それも一切のチャンバラシーンを交えぬままに。

私はこの、監督が伝えたかった『日常』のあまりの幸福感に深く感動した。私もこれからは、色々な女の子の尻ばかり追いかけるのはやめ、加世みたいな女性一人にしぼる生き方へと変えることにしよう。たいせつな事に気づかせてくれてありがとう、山田カントク。

テレビドラマや古典的なかつての時代劇とはまったく違うこの三部作。城内でしきりに蚊にたかられる姿や、日々伸びる髪の毛、使用感のある衣装など、徹底的に"リアル"にこだわった山田監督の演出はこの3作目で頂点に達し、まれに見る完成度の高さとなって現れた。

木村拓哉は、監督の演出や共演者のフォローもあり演技力の足りなさをまったく感じさせず、むしろアイドルとしての華を映画に与えた。

彼の妻を演じた檀れいは、宝塚出身の新人映画女優ということだが、彼女の力も大きかった。決して主演俳優より前に出ず、しかし誰もに好感を与える自身の役割をわきまえたその高い演技力は、今後の邦画界において大きな存在となるだろう。これは大変な才能の発掘である。

緒形拳や桃井かおりら脇役陣も、短いながら完璧にその役目を果たし、きわめて見ごたえのある高いレベルの芝居を見せてくれる。

『武士の一分』には、キムタクのキャラクターのおかげもあって時代劇にありがちなジメ感がなく、その悲しいストーリー展開にもまったく暗さを感じさせない。過剰なお涙頂戴は一切なく、笑いをはずすといった興ざめする演出ミスも見当たらない。鑑賞後感も最高で、映画らしい映画を見たという充実感を味わえる。

どこにでもいる夫婦のラブストーリーである本作は、家族を持つものなら誰もが共感できる、まれにみる時代劇ドラマの傑作。常に庶民の姿を描きつづけた山田監督の映画らしく、日常をまじめに生きる普通の人々を勇気付けてくれる、とても好感の持てる一本である。

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山田洋次監督による本格時代劇第一弾です。その年の日本の映画賞を独占しました。
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