『トゥモロー・ワールド』90点(100点満点中)

8分間ワンカット、映画史に残る衝撃の映像体験

環境ホルモンや電磁波の影響と思われる若い男性の精子の減少、女性の社会進出による晩婚化、そして格差社会による低所得者層の増加に伴い、少子化が叫ばれて久しい。しかしながらこの『トゥモロー・ワールド』の世界は、少子化を飛び越えて"無子化"になってしまった近未来だ。

舞台となるのは西暦2027年。この時代の人類最年少はなんと18歳。つまり18年間、新生児は誕生していない。原因は不明で、希望を失った世界には内戦やテロが頻発し、国家はことごとく壊滅状態に。ほぼ唯一、強力な軍隊で国境を守る英国だけが、ぎりぎりの秩序を保っている状況だ。

さて、主人公の官僚(クライヴ・オーウェン)は、かつて共に学生運動を戦った元妻(ジュリアン・ムーア)率いる反政府組織に拉致される。聞くと、彼女らが保護する移民集団のひとり、ある黒人女性が妊娠しているという。

組織はこの母子を、ヒューマン・プロジェクトなる組織に引き渡すべく、政府の通行証を持つ彼に協力を求めたのだ。彼らにとって周りすべてが敵である今、最後の希望はその、存在自体もあやふやな人権団体しかなかった。主人公は果たして、人類最後の子供を守りきることができるのか。

この作品は、ストーリー自体に面白みはないものの、映像技術に関しては最高峰といって良い、いや、「わが目を疑う」と言いたくなるほどの体験を与えてくれる一本だ。

『ハリーポッターとアズカバンの囚人』で、ハーマイオニーのゴージャスアイドル映画を作り上げたアルフォンソ・キュアロン監督の新作というと、なんだ子供向けなSF映画かと思ってしまうかも知れないが、まったくそんなことはない。むしろこの『トゥモロー・ワールド』は、完全に大人専用の、すこぶる完成度の高い映像作品だ。

最大の見所としては、なんと言ってもクライマックスに用意された戦闘シーンがあげられる。なんと8分間、一回もカットせず、戦場を逃げ回る主人公を手持ちカメラで追いつづけるこの恐るべき演出は、今後あらゆる映画の戦争シーンについて、『トゥモロー・ワールド前、トゥモロー・ワールド後』と分けられてしまうのではと思うほどに凄まじい。

CGで様々な事ができる現代とはいえ、この8分間には、いったいどうやって撮影したんだろうと心から驚かされる。この8分間を見るだけでも、1800円の入場料金は安すぎる。私はこの場面を作り上げたスタッフとキャストに敬意を表し、この点数を差し上げたい。

この場面の直後には、そこまで一切の希望を排除されていた灰色の世界が、初めて揺らぐ強烈な感動が待っている。小さい子供がいる方や、出産経験のある女性が見たら、より大きな感動を得られるに違いない。

原作は、イギリスの有名な女流ミステリ作家のP・D・ジェイムズ『人類の子供たち』。私はこの作家(あるいは担当翻訳者の少々くどい日本語文章?)がどうも苦手で、この原作も読んではいないが、本作ばかりは映画というジャンルの持つパワーの凄さを、原作マニアも味わえるのではないだろうか。

今週は色々と忙しく、更新が大幅に遅れてしまったが、その間私がずっとこのサイトの読者に伝えたかったのはほかでもない、この映画についてだ。大きな劇場でやっている、公開直後の早いうちに、私はもう一度本作を"体験"したいと強く思っている。



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