『ナチョ・リブレ 覆面の神様』45点(100点満点中)
万人向けではないが好きな人はたまらない、メキシカンプロレスコメディ
皆さんは、フライ・トルメンタというメキシコのプロレスラーをご存知だろうか。のちに暴風神父とあだ名されるこの人物は、小さいころひどい境遇に育った。やがて彼は、自分のような不幸な非行少年を少しでも減らそうと神父になった。積極的に孤児たちを受け入れた彼は、資金不足で多くの少年たちに貧乏暮らしを強いている今の生活を何とかしようと、すでに中年だったにもかかわらず、ルチャ・リブレ(メキシコの国技的スポーツであるプロレスのこと)の新人覆面レスラーとしてリングに立つ。
全く格闘技の素養がない彼は連戦連破だったが、やがてそうしたエピソードが国民の間に伝わり、相手レスラーもそんな彼を盛り立て、国民的な人気者になる。そして彼は、そのファイトマネーを注ぎ込み、ついに孤児院を建てることができたのだ。
孤児院にファイトマネーを寄付するために戦う、梶原一騎原作漫画のタイガーマスクを地でいくこの神父の物語は、プロレスファンなら誰もが耳にしたことがある実話だが、漫画や映画にもなり、テレビでも扱われるようになって一般の人々の間にも浸透するようになった。そしてこの『ナチョ・リブレ 覆面の神様』も、おそらくこのフライ・トルメンタの物語にヒントを得て作られた作品である。
主人公のナチョ(ジャック・ブラック)は、孤児として修道院で育った。今は料理番として働く日々だが、慢性的に資金不足の修道院では、毎日ろくでもない料理しか作れない。そんなある日、町でルチャドール(=レスラー)募集の張り紙を見た彼は、その賞金で子供たちにうまいものを食べさせてやろうと一念発起する。小さいころからルチャが大好きだった彼は、危険なルチャが大嫌いのシスターたちにばれないためもあって、覆面をかぶって参戦する。ひょんな事からであった、異様に俊敏な激ヤセ男(エクトル・ヒメネス)とのタッグはなかなか好評で、徐々に人気を集めるが……。
フライ・トルメンタの実話は涙なくしては見られない感動物語だが、『ナチョ・リブレ 覆面の神様』は隅から隅まで、お馬鹿なドタバタギャグ映画である。それも爆笑を誘うようなものではなく、いわゆる脱力系ともいうべき、見ているほうがあまりの馬鹿馬鹿しさにあきれて苦笑するようなタイプのコメディだ。
だから、主人公は100%純粋ないいヤツというわけじゃないし、展開もテキトーで、彼はろくに努力もせずチャンピオンと戦うまでにいたる。かなりいいかげんだが、それがまたこの監督と主演俳優の味というやつで、本作はそれを理解した上で楽しむのが肝要だ。
それでも、デブな子供が、本当はだらしないナチョを英雄視して応援する姿や、ナチョが思い切ってプランチャ(場外へのボディアタック)を仕掛ける場面などではホロリとくる。全編に漂うメキシコっぽいムードと、楽曲が抜群に良いため、そこそこの満腹感がえられる。
『ナチョ・リブレ』は、多少のスポコン要素はあるものの、能天気なバカコメディが見たい人にこそすすめたい一本。一般ウケはしそうにないが、ハマる人はハマる、そんなマニアックなコメディだ。