『ホステル』95点(100点満点中)

空腹時に見て吐きそうになったほど怖い映画だが、きっと満腹時でもヤバいだろう

『ホステル』は久々に味わったすごい映画だ。単純に筋書きが面白いだけでなく、その演出の巧さにも舌を巻く、すばらしい映画作品であった。

欧州をバックパッカーとして貧乏旅行している米国人の大学生コンビは、途中で陽気なアイスランド人と知り合い、3人でオンナ漁りのバカ旅行を楽しんでいた。あるとき彼らは、スロバキアの田舎町に、目くるめくような快楽を得られるホステル(若者向きの安宿)があるという噂を聞く。麻薬とオンナには目のない彼らが早速訪れてみると、そこは予想を越えたキモチイイ異文化があった。

なんとも不気味な、東欧独特の雰囲気の漂うそのホステルにつくと、あいにく相部屋だといわれる。意気消沈して3人が部屋に向かうと、なんとそこには着替え中の巨乳ギャルがおり、ルームメイトだと告げる。しかもこれから混浴温泉に向かうので、一緒にいかが、などと言う。

そんな、魅力たっぷりのオープニングから始まるこの『ホステル』は、しかし恐ろしい映画である。月並みな表現だが、これほど怖い映画は年間数本もないくらいだ。おそらく怖さだけで言うなら、2006年度ダントツで優勝であろう。

なぜ怖いかといえば、この映画の作り手(監督も製作総指揮のクエンティン・タランティーノも)が、映画文法というものを知り尽くした、まさしく生粋の映画マニアだからだ。そんな彼らは、当然「ホラー映画の暗黙の了解」というものも重々承知している。そして、憎たらしいことにそうした法則をわざと"外す"ことで、映画上級者でさえも先の展開を予測不可能な状況に落とし込むことに成功しているのだ。

たとえば、生存フラグが立ち、普通なら助かるはずのヤツがあっさり死に、ありえないはずのところでショックシーンが訪れる。そうしたトリッキーな演出の数々には、映画に詳しい人ほど感心するに違いない。同時に、そうした映画慣れしている人ほど、『ホステル』から感じる恐怖は強いものとなる。

むろん、そんな事には気づかぬごく普通の観客の目で見ても、「なんだかこの映画、普通のホラーよりずっと怖い」と感じられるに違いない。

こういう変化球的映画の場合、観客は突き放された感じを受けてしまう事があるが、『ホステル』は観客の予測を裏切っても、決して彼らを放りっぱなしにはしない。その一例としてこの映画、前半では登場人物たちに徹底的に感情移入させるため、二重三重の手を打っている。

オトコどものバカなエロ行動などはまさにそれで、正しい倫理から微妙に外れた彼らの行動は、その分観客の男達にとって、深い共感(あるいは憧れ)を感じるようにできている。そして、感情移入の度合いが深いほど、後半のショックは大きい。つまり、ファンサービスとしてのオッパイ&お尻が、同時に後半の恐怖への準備としての役割をも果たしている。まったくもって心憎い。

しかも、怖いだけでは終わらせない。この映画の作り手たちは本当によくわかっているなと思うのは、これだけ凶悪なストーリーでも、観客にそれなりの爽快感を残している、その落としどころだ。こんなにひどい内容の映画なのに、観た後の満足度が高いのはそのためだ。

とにかく、細部まで気配りの行き届いた見事なホラー映画。エンドロールには、「この物語はフィクションで……」うんぬんと出るが、そうしないと実際に観光客が激減するのではないかと思うほどの恐ろしさ。ここでは言い尽くせない、恐怖効果抜群のシーンもたくさんある。

本作の場合、R-18指定は伊達ではない。妊婦や心臓病の人など、気持ちの弱い人は絶対に見てはいけない、ガチの恐怖映画。チャレンジする価値は大いにあるが、くれぐれも慎重に。



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