『地下鉄(メトロ)に乗って』60点(100点満点中)

ストーリーがもっと緻密に組み上げられていれば

浅田次郎は多作の作家で、『鉄道員』などその著作のいくつかは映画にもなっているが、1994年の『地下鉄に乗って』の評価は特に高い。地下鉄を重要な道具として展開するこのお話を、営団地下鉄改め東京メトロ全面協力で映画化したものが本作だ。

真次(堤真一)は、父親が倒れたとの報を受ける。実業家として世界的な成功を手にした父に、長年反発してきた彼が丸の内線を降りると、そこはなんと昭和39年の中野新橋だった。しかもその日は、兄が車にひかれて亡くなった日。やがて真次は地下鉄に乗ることで、現代と過去を行き来するようになる。不倫中の恋人(岡本綾)とともに、昭和を何度もさかのぼる中で、彼らは自分の親たちの生き様、本当の心と隠された愛情を知る。

タイムスリップを繰り返し、衝撃的かつ感動的なラストに向かって進む「時間超越もの」だ。ラストの驚きと、そこでの行動のもととなる心情の切なさはかなりのもので、高く評価したいところ。

しかしこの映画、このてっぺん部分はすばらしいのに、中間部が存在しない、いびつなピラミッドのような構成になってしまっているのは残念だ。簡単にいうと、土台の上に、直接頂上があるような形を想像してもらいたい。すなわちこの話、中間の積み上げがまったく不足で、唐突にこのラストが訪れるため、観客の満足度を相当スポイルしてしまっている。多くのことが説明不足のままで、せっかくのオチの説得力も不足、よって、気持ちよく泣きにくいということになる。

堤真一をはじめとする役者たちも、抑え気味の演技で悪くはない。岡本綾などは、リアルで役作りをしっかりしてきたのか、濡れ場でもじつに淫靡な雰囲気をかもし出している。ただしこの映画には、中村しど、いや不倫相手に飲酒運転をさせる役作りは必要ない。

役者の中では、なんといっても当の堤真一の持つ飄々とした雰囲気が、この程度の障害(ネタバレになるのでかけないのだが)なら、平然とクリヤーしてしまいそうな気がしてしまい、せっかくの結末が十分に生きてこない。彼の顔からは、どうにもコトの深刻さが伝わってこないとでもいえばよいだろうか。

それでも、ストーリーの途中はなかなか面白く、昭和をさかのぼって若き日の父親(大沢たかお)と主人公が絡んでいく展開からは目が離せない。昭和の時代のセットは少々チープだが力作で、本物の地下鉄による撮影シーンを交え、ムードを盛り上げてくれる。

タイムスリップものは面白い映画が多いから、その中では決して傑作の部類に入ることはできないかもしれないが、そこそこ面白かったね、程度の満足は味わえる作品。過大な期待はせず、気楽に見てほしい一本といえる。



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