『ワールド・トレード・センター』70点(100点満点中)

あきらかに時期尚早なわりには、なんとか見ごたえある大作に仕上げた

アメリカ同時多発テロ事件から5年、事件を直接の劇映画として描く試みが、続々行われている。この『ワールド・トレード・センター』もそのひとつ。

実体験を元にベトナム戦争の過酷な現実を描いた『プラトーン』(86年)、ジョン・F・ケネディ大統領暗殺事件を、陰謀論の観点から追った『JFK』(81年)など、社会派作品で知られるオリバー・ストーン監督が、大掛かりな予算をかけて作った作品だ。

2001年9月10日。普段どおり勤務についた港湾警察のジョン・マクローリン巡査部長(ニコラス・ケイジ)。やがて彼の耳に、WTCに航空機が突っ込んだとの信じがたい報告が入る。わけもわからず現場に急行した彼は、部下のウィル・ヒメノ(マイケル・ペーニャ)らとともにビル内に救出作業に向かうが、そのとき建物が崩落、彼らは瓦礫の下敷きになってしまう。

『ワールド・トレード・センター』を見ると、「あのオリヴァー・ストーンでさえ、現時点ではここまでしか出来なかったか」との感想を抱く。アメリカ人にとって、いかにあの事件がトラウマとなっているか、これを見るとよくわかる。

むろん、彼だっていつも社会派の映画ばかり撮っている訳ではないが、ほかでもない、9.11を題材に大作を撮るともなれば、少しは事件の背景について、彼なりの言及があるのではないかと期待してしまうのが普通だ。

しかし、驚くべきことにこの映画には、一切の政治的主張、あるいは事件に対する推測等が見当たらない。『ワールド・トレード・センター』は、ただひたすらに、「あの日、現場では何が起こっていたか」のみを、まったく主義主張、思想のたぐいを入れずに再現したフィルムといえる。

そして、その再現性は相当なもので、たとえばニコラス・ケイジ演じる巡査長が、ビル内で崩壊寸前に別の部署の警官と話すシーンがある。ここで鋭い観客は、「なぜこんな場所に警官が?」と、ちょっとした違和感を抱くであろう。

実際このシーンでは、ニコラス・ケイジが消防署員と出会うというパターンにしたほうが、映画的にははるかにしっくりくる。もちろん、監督もそう演出しようとした。ところが、この映画のモデルとなったジョン・マクローリン本人が、「あそこで出会ったのは警官だった」と譲らなかったため、オリバー・ストーン監督の方が折れざるを得なかった。

このように、ジョン・マクローリンやウィル・ヒメノ本人は、この映画の製作に深く関わっており、劇中何度もエキストラとして登場する。ビル崩壊現場は、当然実物大のセットを組んだわけだが、そのあまりのリアリティに彼らの足は震えていたという。

そんな、彼らの実体験を忠実に映像にした『ワールド・トレード・センター』は、しかし実話であるために、ドラマ性は薄い。瓦礫に埋まった二人が励ましあって何十時間もがんばるという、ただそれだけの物語であるから、ストーリーとしての面白みが薄いのはやむをえない。

ただし、逆にいえばそれだけの話を、ここまで見ごたえある大作に仕上げたオリバー・ストーンの演出力は誉めてしかるべき。開始後20分で早くも涙を誘う場面が出てきて観客を画面に引き込み、その後も当日の混乱、過酷な現場の雰囲気を、的確に伝えてくる。あの時は仕事をほっぽって、リアルタイムでテレビにかじりついていた私だが、ニュース映像からでは伝わらない雰囲気というものが、この映画を見て少しだけ想像できた気がする。

露骨なお涙頂戴もなく、案外淡々と事実を提示するだけだが、監督から出演者、全員の真摯な態度が伝わってくる良作。テロリストたちの善悪についてはわからないが、あの日あのとき、救助活動に命をかけた人々はまぎれもなく善だった。未曾有の大事件から5年、今出来る目いっぱいのドラマ映画を、この監督は作り上げた。



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