『キンキーブーツ』80点(100点満点中)

田舎町の靴工場が一念発起して、ドラッグクィーン専用ブーツを制作

イギリスで大人気を博した『キンキーブーツ』は、いかにも彼ら英国労働者階級が好みそうな「はぐれものバンザイ、庶民バンザイ」的な、見ると元気が出る心温まるドラマだ。

主人公(ジョエル・エドガートン)は、父の靴工場を相続したばかりの跡取り息子。長年勤めた技術力ある職人たちのおかげで、靴製品の品質は高いものだったが、儲けより従業員や消費者の満足を重視した先代の経営は、近年の安い輸入品に太刀打ちできず、倒産寸前だった。

そんなある日、主人公は偶然知り合ったド派手なドラッグクイーン(女装した男性)のローラ(キウェテル・イジョフォー)が、窮屈そうに女物のブーツを履いているのを見てひらめく。誰も作らない、男性用のキンキーブーツ(SM女王様用のハデハデブーツ)を作れば売れるんじゃないか? かくして彼とローラと工場従業員たちの奮闘が始まった。

『キンキーブーツ』は、期待通りのすばらしい人間ドラマだった。舞台となっているイギリスのノーサンプトンというところは、ちっぽけな田舎町で、当然住民もがちがちにお堅い保守的な人々。そこの伝統ある靴メーカーが、よりにもよってキンキーブーツときた。いくつものドラマが生まれることは、想像に難くない。

周りからバカにされ、町じゅうから白い目で見られながらも、もてる技術を新ブーツ開発にかける技術者たちの職人魂、そして愛社精神。一見ポジティブに見えるドラッグクイーンのローラが抱える、マイノリティとしての苦悩。都会志向の恋人に反対されながらも、父の残した工場、遺産のすばらしさに気づき、なりふりかまわずにまい進する主人公。そうした各登場人物の背景を、多面的にしっかりと描いているから、ドラマとして大いに見ごたえがある。

むろん、今まで作ったこともないブーツを作るわけだから、いくつもの失敗や試行錯誤が行われるわけだが、そのくだりもたいへん興味深く、娯楽性の高いものとなっている。ローラの歌唱場面やラストのミラノ・ファッションショーの華やかな場面などは、楽曲のよさもあって大変に盛り上がる。靴好きの私などは、オープニングの工場生産ラインの場面からして、心踊るものがあった。

最後も、やりすぎない抑制の効いた結末で、大人の観客の涙を誘うに十分なもの。スタッフの何人かが共通する『カレンダー・ガールズ』同様、実話を元にした映画としては、かなり上質な部類に入る(劇中の靴工場のモデルは、実在する靴メーカーのブルックス W.J. Brookes)。大人同士で安心して鑑賞できる、数少ない感動物でオススメだ。



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