『ハイテンション』85点(100点満点中)
おどろくほどテクニカルな構成の高品質ホラー
マンネリ化していたスプラッターホラー界に、フランスから切れ味鋭い新鋭監督が現れたと大変な話題になったのがこの『ハイテンション』。大味なハリウッドものとは違って、フランス映画らしい緻密な恐怖描写とプロットで、高い評価を得た作品である。
女子大生のマリー(セシル・ドゥ・フランス)は、郊外にある親友のアレックス(マイウェン)の実家に滞在して、試験勉強をする予定だった。ところが到着したその晩、不気味な中年男の殺人鬼(フィリップ・ナオン)が現れ、家族を惨殺し始める。いち早く男の侵入に気づいたマリーは、アレックスの身を心配しつつも、別の部屋にいる彼女へ知らせることもできず、ひとり物陰に隠れて息を潜めるのだが……。
くると思わせなかなかこないショックシーン、血しぶき大量なのに笑いゼロ(スプラッター映画はときにギャグ映画である)、ガラスが刺さったりのどを掻っ捌かれたりと、痛さ満点のスプラッターシーン。『ハイテンション』は、久々に登場した、監督の演出力がきわめて高い本物のホラームービーである。
この監督の非凡なところは、いたるところに伏線や大胆なヒントをちりばめながら、観客をうまくある一定の見方へ誘導する抜群の構成力、そしてストーリーテリングのうまさにある。たとえば、ヒロインのセシル・ドゥ・フランスが、アレックスの家の部屋で、ヘッドホンステレオを聞きながらオナニーにふける場面がある。
この最中に殺人鬼が侵入してくるわけだが、ヘッドホンからの音楽により彼女は殺人鬼に気づかない。これだけでも、観客にとてつもない恐怖を与える優れた演出なのだが、同時にこの場面には、彼女がレズビアンだと観客に示すという別の意味もある。そして驚くべきことにこの場面には、さらに見終わった後でなければわからない、重要な別の意味がこめられている。
このように、ひとつの場面にいくつもの意味をこめ、一度目はうまく観客をミスリードする手法(二度目はまったく違って見える)は、ホラーというよりミステリのそれだ。そしてこの映画の監督は、優れたミステリというものの暗黙のルールを、実に良くわかっている。
『ハイテンション』は、映画が終わってもう一度最初から頭の中で巻き戻してみて、考えれば考えるほど、評価が上がるタイプの優れた映画だ。恐ろしくテクニカルな構成で、しかも卑怯ではない。理不尽なのに理不尽じゃない。非常にフェアである。
上映終了後の試写室の前では、ホラー映画に詳しいと思しきある方が、ホラー映画としてみたときの視点から、この映画のある仕掛けについて不満をもらしていたが、私が思うにこれがなかったら『ハイテンション』はちょっと良くできたB級スプラッター程度で終わっていた。
いくら、残酷描写が優れているからといって、それだけの作品であれば、私もここまで誉めはしない。私は物語の整合性、公平性、構成の巧みさを高く評価するタイプだから、この監督がやった事の凄さが良くわかる。おそらくミステリ好きの人なら、見れば私のいわんとする意味がわかってもらえると思う。
そんなわけで『ハイテンション』は、ホラー映画というよりミステリジャンルを好む人に強くすすめたい一本だ。むろん、単純に殺人鬼ものとしてみても、たいへんレベルが高く、十分に楽しめる。勇気をもって、音の良い劇場へどうぞ。