『ユナイテッド93』70点(100点満点中)

無名の人々にささげられた、大まじめな9.11映画

9.11同時多発テロ事件では、4機の旅客機がハイジャックされたが、たった一機、ユナイテッド航空93便だけは、目標に到達することなく墜落した。果たしてその機内では何が起きていたのか。マット・デイモン主演のアクション映画『ボーン・スプレマシー』で、切れのいい演出を見せたポール・グリーングラス監督が、ノンフィクション風の演出で映画化する。

2001年9月11日、何機かの航空機が不審な動きを見せ始める。管制塔や関連当局が戸惑う中、ニューヨークのワールドトレードセンタービルに、最初の旅客機が突入。やがてユナイテッド93便の機内でもハイジャック犯人が立ち上がり、行き先をホワイトハウスに変更させる。高度が異常に低いことを不審に思った乗客たちは、やがて各自の携帯電話等でWTC炎上を確認する。死を覚悟し遺書を残すもの、愛する家族に電話をするもの、機内の緊張感が極度に達したとき、彼らは団結し、機を取り戻すことを決意するのだった。

ホワイトハウスに突入するはずだったハイジャック機の中で起こった、知られざる感動の人間ドラマだ。監督たちは当局の関係者、そして遺族に綿密な取材を行い、特に遺族からは、機内から家族への最後の電話の内容などもインタビューした。演じる俳優たちにはそれぞれの人物の生い立ちや、当日の空港までの足取りまで伝え、役作りを行ってもらったという。安直なヒーロー映画にしないため、役者はあえて無名の俳優だけを使った。

また、機長と副機長、客室乗務員には実際の業務経験者をキャスティングし、動きのリアリティを再現。管制官等にも、なんと当日実際に勤務していた本人に、実名で演じてもらうなどした。本編終了後、よくエンドロールを見れば、「Himself」が多数並んでいることに驚くだろう。

わざとらしいお涙頂戴を排し、テロリストを単純に悪役と描くこともせず(つまり、物語を善悪の対立構図にする事を避けている)、とにかくディテールと臨場感を、抑えた演出で伝えることに徹した作品だ。これを見ると、いかにこの問題がアメリカでデリケートな題材であるかが、ひしひしと伝わってくる。実際この映画の予告編は、通常のように劇場で流すことはできなかったらしい。

その分、特に前半は淡々とドキュメンタリー風に当日の各所の様子が描かれ、ドラマ的な面白さはほとんどない。1時間くらいしないと、事件も動き出さないから、ここまでは徹底してこだわったリアリティ、緊張感を味わうことを目的に鑑賞したい。

ところで、この映画の字幕は戸田奈津子によるものだが、前半のめまぐるしい場面転換のところで、彼女はすべて現在位置を日本語字幕で追加している(本国の英語版には無い)。いかにもこの人らしい親切さであるが、これは日本人の観客にとって大変ありがたい配慮だ。役者が全員見知らぬ人である事から、この字幕がなければ、誰が何の役だか把握することは困難であろう。

この映画は、細部まで「本物っぽく」作ってあるが、証人がいない以上、機内の様子についてはあくまで想像に過ぎない。このような美談があったかどうかも、実際のところはわからない。9.11事件自体、極端なものでは自作自演説などさまざまな疑惑が出されており、そうした検証ビデオなどを見たことがある者には、素直に『ユナイテッド93』に感情移入することは難しいだろう。そもそもこの映画自体が、プロパガンダではないかという声は根強い。

ただ、それでも機内で最後に家族へ電話するシーンなどは、涙なしには見られない。事件が動き出してからの臨場感たるやハンパではなく、ラストショットも衝撃的で、遺族や関係者はとてもじゃないが正視できまい。見たものの心へ、ズシンと響く衝撃を与える映画である。

私がショックを受けたのは、WTC炎上のニュースを知ったときの機長らの様子。それはあまりにリアルであり、同時に9.11がいかに人々の心理を変えてしまったかを、改めて実感させてくれた。この場面は、内容が真実か否かにかかわらず、高く評価できるポイントだ。すごい演出である。

ユナイテッド93 テロリストと闘った乗客たちの記録
当時の乗客らの様子を追った本が文庫で登場です。


連絡は前田有一(webmaster@maeda-y.com 映画批評家)まで
©2003 by Yuichi Maeda. All rights reserved.