『ハチミツとクローバー』70点(100点満点中)
一般人ウケを捨て、ファン向けに特化した潔さ
今年の夏映画は、アニメーション作品や漫画が原作の映画が目立つが、この『ハチクロ』も、羽海野チカ作の少女漫画の実写化。美術大学を舞台に、等身大の若者たちを描く群像劇で、『NANA』と並び話題に上ることが多い人気作だ。
美大教師、花本修司(堺雅人)の研究室に入り浸る美大生、竹本(櫻井翔)は、先生の親戚の少女、はぐみ(蒼井優)に一目ぼれする。しかし、変人ながら圧倒的な才能を誇る先輩、森田(伊勢谷友介)も、どうやら彼女に思いを寄せているようだ。竹本は、はぐみに強く好意を寄せながらも、はぐみと森田、二人の天才同士の世界に入り込めず、疎外感を感じていく。
『ハチミツとクローバー』は、よく引き合いに出される『NANA』に比べると、やや低年齢向きという印象を受ける。それは、登場人物から性欲というものが一片も感じられないため、恋愛ドラマの展開に大きく制限が加えられてしまい、恋愛というものの表層を描くにとどまっているためだ。
そんなわけで、大学生以上の人がこれを読むと、ちょっとイタイというか、恥ずかしいものがあるだろう。しかし、その甘酸っぱさこそがハチクロの特徴、魅力であるから、それ自体は批判の対象にはなりえない。決して、あんな男イネーとか、野暮な事を言っちゃいけない。そんな事はファンの皆さんだって百も承知である。この作品は、小中高生の、ある種の理想のキャンパスライフを描く、恋愛ファンタジーなのだ。
問題はこの映画版が、その原作の雰囲気をどこまで再現しているかだが、結論から言うと、相当忠実にイメージを継承している。特筆すべきは、蒼井優演じる花本はぐみで、この、もっとも現実離れしたファンタジックなキャラクターを、蒼井が完璧に再現したことで、映画全体の中心軸がガッチリ固定されたと評価できる。
『ハチクロ』の世界観は、漫画だからこそ成立するもので、実写にしたらさぞ非現実的で、ありえない人物ばかりで冷めるだろうなと私は思っていたが、まったくそうはなっていななかった。これにはさすがに脱帽した。この映画の若い役者たちはすごい。また、高田雅博監督も、相当原作を読み込んだに違いない。この映画からは、原作に対する尊敬と、そのファンに対するサービス精神、誠実さが見て取れる。
ベーシックな人間ドラマである『NANA』や、突き抜けたコメディである『ラブ★コン』に比べ、理想主義的群像劇である『ハチミツとクローバー』の実写化はさぞ難しかったろうに、この映画の作り手たちは本当によく頑張った。
映画『ハチミツとクローバー』は、原作のファン以外を取り込もうという色気を見せず、徹底的に原作漫画のファン層にターゲットに絞って作られているところが好ましい。よって、私としても漫画を知らない人に積極的にすすめることはないが、その逆の人々にはぜひ、劇場でハチクロワールドを堪能してきてほしいと思う。本作は、ファンの人へ安心してすすめられる一本である。