『時をかける少女』70点(100点満点中)
現代を舞台にしているのにどこか懐かしい、優れた映画作品
この映画に声の出演をしている谷村美月は、悪名高いあの「海賊版撲滅キャンペーン」のCMで、黒い涙を流すかわいい子だが、本作の試写会では、偶然私の横の方の席に座っていた。ご本人を横にして、あのドクロのCMを見るのは妙な気分であったが、本編では彼女、立派な演技を見せていた。
さて、そんな『時をかける少女』、筒井康隆の同名原作は、原田知世や内田有紀、南野陽子などアイドル主演で何度もテレビドラマ、映画化されているから皆さんもご存知とは思うが、今回は初の長編アニメーション、しかもオリジナルストーリーで映画化である。アニメーションの製作は、『千年女優』や『東京ゴッドファーザーズ』など、高品質で手作り感あふれる作品で世界的な高評価を得ているマッドハウスによる。
ヒロインは、これまでの『時をかける少女』の主人公だった芳山和子(声:原沙知絵)の姪で、高校生の紺野真琴(声:仲里依紗)。ある日彼女は、偶然にも時間跳躍の能力を身に付ける。20年ほど前にその力を持っていたと話す叔母に相談しても、原因は何もわからない。能天気な真琴は、テストの結果操作や好きなお菓子を何度も食べるためなど、ろくでもない事に能力を使いまくるが、そのタイムリープは彼女の知らぬうちに、彼女とその大切な男友達二人の運命を、大きく変えていたのだった。
アニメ版『時をかける少女』は、はじめにアニメ化企画ありきではなく、細田守監督が強い意志をもってこの原作を選び、アニメ映画にしたいと希望して始まったプロジェクトだ。
ちなみに細田守監督は、スタジオジブリから『ハウルの動く城』の監督に指名され、宮崎駿監督に変更されるまで制作に加わっていたという、知る人ぞ知る優秀なアニメーター。『時をかける少女』も、本格的な劇場用アニメ作品として、見事なクォリティに仕上がっている。
本作は、宮崎アニメのあの圧倒的に美しい美術を背景に、『新世紀エヴァンゲリオン』のキャラクターが動くという、一見奇妙なアニメ映画になっている。これは、山本二三美術監督(『もののけ姫』など)とキャラデザの貞本義行(『王立宇宙軍 オネアミスの翼』ほか)の個性そのものであるが、声をあてる若い役者さんたちの自然な演技により、徐々に慣れてくる。
ヒロインの声をあてるのは数百人のオーディションで選ばれた仲里依紗(なか りいさ)。実物?は、ハーフの綺麗な女の子だが、さすがに役柄ピッタリの、いい声をしている。
実際にロケをして多数の土地をモデルにして描かれた、坂道の多い町は、やわらかい光に包まれ、観客の心に刻まれた懐かしい青春の記憶を呼び起こす。
黒板や教室、草野球場、制服、放課後のもの悲しい夕焼け……ディテール豊かに描かれた作品世界は、見るものを否応なしにノスタルジックな感慨にひたらせる。バッハのゴールドベルグ変奏曲をはじめとする音楽がまた素晴らしく、久しぶりに"音の力"を感じさせられた。とくに予告編にも流れる主題歌(ガーネット/奥華子)は、エンドロールの最後までぜひ聞いてほしい名曲。
『時をかける少女』で残念なのは、完成がギリギリになってしまったせいか、物語の最終局面に入ってからの編集がいまいちバタバタしている点で、これはできればもう少し制作に時間をかけて、完成度を高めてほしかったところ。
しかし、サスペンスフルなストーリーは十分に面白いし、明るく素直な女の子と、心やさしい男二人の友情を軸にした展開は、高校モノに人々が期待するせつなさに満ちている。
結末も、見終わってすぐわかるようなものではなく、少し考えてから感動がやってくるという、いかにも大人向けのつくり。こういう"深い味わい"こそが、日本のアニメーションの持つ強みであり、世界中で評価される魅力でもある。
『時をかける少女』は、いわゆる萌え系アニメなどとも大きく離れた、まさに普通の大人たちが見るに耐える、本格的な"映画作品"である。いくつか腑に落ちない設定が残っているなど、絵以外の完成度で少々気になる点はあるが、ここまで公開された今年の日本アニメの中では、出色の出来栄え。オススメだ。