『インサイド・マン』90点(100点満点中)

大人が楽しめる、本格的な犯罪娯楽映画

銀行強盗を描く映画は数あれど、この映画の犯行の手口にははっとさせられる。なんとこの犯人は、人質全員に自分たちと同じ服を着せてしまうのだ。

白昼堂々と、ニューヨークのマンハッタン信託銀行を襲った犯人(クライヴ・オーウェン)とその仲間たちは、人質全員の服を脱がし、自らと同じ没個性な黒スーツを着せる。前例のない犯行に翻弄される警察だが、現場を指揮する刑事(デンゼル・ワシントン)は出口を固め、犯人たちを完璧に閉じ込めることに成功する。しかし、犯人と人質の区別がつかないため、下手に突入できない状況が続いていた。そんな中、銀行の会長は、やり手の弁護士(ジョディ・フォスター)を呼び出し、犯人たちとある交渉をさせるべく、現場に送り込むのだが……。

『インサイド・マン』は、アメリカ映画らしい重厚な大傑作をみたと満足できる、すばらしい一本である。クールなタイトル、見事なトリック、鑑賞後に思い起こすと、いくつも気づくことが出来る伏線の数々、優れたユーモア、そして役者の演技。けなすところが一切ない、見事なクライムムービーだ。

監督のスパイク・リーは、長年人種問題を扱ってきた社会派監督だが、彼のようなアクの強い監督が娯楽映画を撮ると、こんなにも面白い。得意の人種ネタによる笑いのセンスも抜群で、ニューヨークという多人種が集まる町ならではの展開も、心憎いものがある。こうした舞台も自分の得意分野も、大いに作品の向上に生かされている。彼でなければ、これほどの作品にはならなかったであろう。

『インサイド・マン』には、いくつも斬新な犯行の手口が見られるが、その動機、必要性、理由は最後まで明らかにされない。観客は、犯人の真意を多方面から推理し、かなりのところまで解き明かしながら、それでも最後には大きな驚きを与えられるだろう。ラストは肩の力が適度に抜けた粋なもので、さわやかな感動を与えてくれる。本当にうまいな、と感心する。

全編、緊張感が張り詰め、次の展開が楽しみで見逃せない。そんな中にはさまれる、切れのいいユーモア。犯人側にも警察側にも、魅力的な人物が配置され、大いに感情移入できる。警察の動きは細部までリアリティをもって描かれ、大いにサスペンスを盛り上げる。

すべてのシーンに意味があり、観終わるとがっちりと頭の中でつながる。そのくせ、無駄に説明しすぎないあたりも、大人の娯楽映画としてはセンスが抜群によい。

そう、『インサイド・マン』は、ある程度の大人向け作品で、10代向けのお気楽娯楽に飽き飽きしている人々には、イチオシの一本なのである。知的な興奮を存分に味あわせてくれる、年間何本もない、必見の一本だ。これはぜひ、皆さんにも観ておいてほしいと思う。



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