『雪に願うこと』55点(100点満点中)
ばんえい競馬の面白さを教えてくれる
大抵の人は、自分の興味ある題材を扱った映画を観に行くわけだが、中に新たな出会い、人生の刺激を求めて、ジャンルにこだわらずたくさんの映画を観る人も少なくは無い。そうした人々にとって、これまで見たことも無いモノを映画の中で見、疑似体験できるというのは、大きな魅力だ。
『雪に願うこと』は、ばんえい競馬(ばんえい競走)をテーマにした人間ドラマ。ばんえい競馬とは、北海道でのみ行われる独特のレース。一般に想像する競馬とは全く違うものだ。たとえば、登場する馬はサラブレッドの倍くらいの体重がある、マッチョな農耕馬たちで、コースは2箇所の障害(坂道)を設けた200mの直線コースだ。この、シンプルなコースを、馬たちは鉄製で合計500kgにもなる重く巨大なそりに、騎手と荷物を乗せ、時に休みながらも、のっしのっしと1歩ずつ歩く。スピードではなく、持久力とパワーを競う競技なのだ。
ノロノロしててつまんないんじゃないの、なんて思うかもしれないが、それは違う。気温が低いため、馬の鼻息が豪快に白く目視でき、いかに彼らが全力で筋肉を収縮させているかがよくわかる。見るからに重そうな荷物を、野生味溢れる身のこなしで、真っ向から引いていく姿は、人間には想像もできないパワフルな迫力に満ちている。上り坂では、その太い筋肉にも乳酸がたまりきり、多くの馬たちがついに力尽きる様子も実感できる。それでも最も強い馬は、見事にそれを上りきり、ゴールするのだ。その姿には、感動さえ覚える。
荷物を運びきることを目的とするため、そりがゴールラインを超えた時点でゴールとすることや、スピードが遅いため、観客が馬といっしょに移動しながら観戦する点、坂の手前などで馬が一度停止し、息を整えて再び挑むストーリー性なども、すべてわかりやすくこの映画は教えてくれる。ばんえい競馬の魅力を伝えるという意味では、100点に近い。
ただし、その分人間ドラマの方は少々平凡で、いまいち血が通っていないきらいがある。伊勢谷友介や佐藤浩市、小泉今日子といった主要キャストはみな演技がうまく、観ていて不安になる点は全く無いが、どうも物語があかぬけない。
東京で挫折した出戻り男が、ばんえい競馬でぱっとしないある馬に自分を重ね、その世話をすることで救われるという話。田舎ならではの人情物語だ。ただし、設定がどうにもありきたりで軽い。悪くは無いが、訴えるものに欠ける。
また、これは誉めどころと少々矛盾するかもしれないが、レースシーンにはもっと迫力が欲しい。カメラの向こう側を想像するに、もっともっと良い画が撮れたはずだと感じてしまうのだ。音響にもさらにこだわって欲しかったし、動きも欲しいところ。『雪に思うこと』は、コースの外から見たような構図が多く、題材の素晴らしさを思うと少々もったいない。
とはいえ、この映画は、都会で暮らす私のような者たちへ、新しい驚きを教えてくれる良い映画である。退屈な毎日に何か刺激が欲しい、そう思っている人たちに、その何かを与えてくれる可能性を持っている。