『隠された記憶』90点(100点満点中)

ショッキング映画、妊婦その他心臓の弱い人は絶対鑑賞禁止!

凄い映画が現れた。万人向けではないが、たいへん知的で、インパクトの強い傑作の誕生である。

カンヌ国際映画祭でも絶賛された、このフランス映画『隠された記憶』は、ジャンルでいえばスリラーという事になろう。テレビキャスターとしてそこそこ成功し、妻や息子と幸せに暮らしている男の元へ、1本のビデオテープが送られてくるところから話は始まる。

そのテープの内容は、延々と自宅の玄関が映されているだけという、意味不明なものだった。しかし、やがて第2弾、第3弾が届くにつれ、家族の恐怖は増してゆく。そういうストーリーだ。

観客には、差出人が誰なのかも、その目的もわからない。非常に不気味で落ち着かない。この映画、一切の音楽を流さない演出で作られており、緊張感がまったく途切れず進む。

実際問題として、犯行可能な人間がかなり絞られていることから、観客にも犯人自体はすぐに特定できそうに思える。しかし、そんな謎解きに気を取られていると……"来る"のである、あのシーンが。

突如訪れるこの瞬間は、たとえるなら駅のホームで目の前の人が突然電車に飛びこんでしまったような、まさに「血が凍る」と表現すべき大ショックだ。私のお隣で観ていた若い女性は、文字通り「悲鳴」を上げていた。試写室でお客さんが悲鳴をあげるなんて、私ははじめてみた。

このときから、劇場内の空気は一変、観客全員が心拍数の上昇を自覚し、激しい運動並の息苦しさを覚えながらも、体中からは冷や汗が流れるという、稀有なる体験を味わえる。

そのままラストまで、緩むことなく突っ走るわけだが、この映画は、観終わっても言いたいことがすぐに伝わってくるタイプの作品ではない。誰もがいくらか時間をかけて、中身を咀嚼しなければならないはずだ。

正答については、観客の解釈にゆだねるつくりになってはいるが、本作はおそらく「罪の意識」というものをメインテーマにしている。登場人物の幾人かにそれがあるが、皆それぞれ人生のどこかにおいてミスをしたため、そうした意識を持つにいたっている。

登場人物の怒りの根には「罪の意識」があり、意外なことに犯人にもそれはある。そして結局のところは、かなり早い段階に出てくる、「自転車」にかかわるある場面に、大きなヒントが隠されている。

この場面は示唆に富んでおり、主人公の小心さを最初にあらわした場面(彼がそうした性格であることは、作中何度も強調される重要要素)であるとともに、大きな真実を登場人物の口を借りて言い表している。

これ以上はネタバレにもつながるのでここでは語らないが、いずれにせよ、たいへんな傑作である。ミヒャエル・ハネケ監督はこうした問題作を次々発表しているが、なんとも凄い才能を持った人である。

スリラーとしての緊迫感、深いテーマ性、不気味なムード、そして大ショック。そうしたものを存分に味わえるこの作品。幽霊だなんだという非現実的な要素はもちろん出てこないし、決して楽しくも感動する映画でもないが、みるものに強烈なインパクトを与え、大いに考えさせてくれる一本である。心臓の強い人で、そうした映画が好きな人は、まさに必見といえる。



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