『ナルニア国物語/第1章:ライオンと魔女』45点(100点満点中)

子供に見せるには最高の映画だが……

『ロード・オブ・ザ・リング』がとてつもない大商いを記録したので、伝統的なファンタジージャンルは大きく見直されるようになった。そして、その原作『指輪物語』とあわせ「3大ファンタジー」などと称される『ナルニア国ものがたり』『ゲド戦記』も、相次いで映画化されることになった。とくにこの『ナルニア国物語』は、ディズニーによって『ロード・オブ・ザ・リング』と同じく実写で映画化されることになり(すでにシリーズ化も視野)、大きな期待を寄せられている。

舞台は第二次大戦下の英国から始まる。ロンドンの親元を離れ、田舎の教授の家に疎開してきた4兄妹が主人公。古く、そして広大な屋敷の中には、空き部屋がいっぱい。そこでかくれんぼをしている最中、末娘のルーシー(ジョージー・ヘンリー)はある空き部屋に巨大な衣装ダンスを見つける。ロングコートでいっぱいのその中へ隠れ、奥へと進んでいくと、その先にはなんと雪に包まれたナルニア国が広がっていた。

かくれんぼや、突然相手の旦那さんが帰宅したときなど、洋服ダンスの中に隠れた経験は誰しもあるかと思うが、あの独特のにおいが伝わってくるかのような、臨場感あふれるオープニングだ。そして、その奥に秘密の入り口があるのではないかという空想も、多くの人々がしたことがあるだろう。じつに夢のあるお話だ。

さてこのナルニア国には、人間語をしゃべる動物や、見たこともない半人半獣の生物たちがたくさん住んでいる。そしてここにはある予言があり、それによると、いつか現れる人間たちが、白い魔女(ティルダ・スウィントン)によってもたらされた100年の冬を終わらせ、ナルニアの救世主となるという。かくしてこの、どこにでもいそうなひ弱な子供たち4人は、ナルニアの王、アスランのもと、白い魔女と対決することになる。

ストーリーはこのように単純明快で、子供たちが迷わず楽しめるもの。原作者のC・S・ルイスは神学者としてならした人だから、内容は聖書の影響をふんだんにうけたものになっている。

アスランをはじめ、ナルニアの生き物はそれぞれ実物やCGを使い分け、違和感なく描かれる。ルーシーが最初に出会うフォーンという種族(上半身人間、下半身がヤギ)の歩行シーンなど、これまでにない滑らかさに驚かされる。

ただ、こうしたモンスターたち(サイクロプスやミノタウロス、ジャイアントなどの定番モンスター)をじっくり味わえる場面は案外少ない。これは、『ロード・オブ・ザ・リング』の悪しき影響といえるのではないかと思うが、すぐに大軍同士の大戦争に入ってしまうのである。こうなるともう、せっかくのお楽しみであるモンスター個々の造形美や動きを楽しむことはできず、どんな魅力的なモンスターもその他大勢になってしまう。まるでXJAPANのコンサートを東京ドームの2階席から眺めているようなもので、どれが誰だかさっぱりわからない。あの米つぶみたいのがTOSHIか?

このあたり、この監督はファンタジーの見せ方がわかってないなあと思う。欧州の伝統的なファンタジーの大きな魅力のひとつは、個々のモンスターの細かい描写にあるのだ。ファンタジーのファンは、小説でいえば、表現ひとつからそのモンスターを事細かに想像したり、ディテールまで描きこんだ挿絵を見て、興奮するものなのである。この映画は、その挿絵に相当する、モンスターのディテールを見せる場面が非常に少ない。正直なところ、何百万の大軍同士がぶつかりあう場面より、一頭のマンティコアと勇者の戦いをじっくり見たい。そういうものではなかろうか。

あと、本作は少々子役たちに華がない。普通の子供の観客たちの感情移入先としては、この平凡さが良いのかもしれないが、ルックスも演技も心に残るものがなく、大人の目からするとちょっと物足りない。

さらに、物語の展開がかなり絵本的、ご都合主義的で子供っぽい。たとえばお兄さんが手に入れる魔法の剣だが、一度観客に何がしかの威力を見せ付けてから、肝心の戦争シーンに入っていれば、その活躍にも説得力が増すものだ。しかし、そういうデモンストレーションをほとんどしていない。結果、ただの子供がなんであんなに強いんだ、ということになる。ファンタジーとは、なんでもアリというものではないのだ。こういうところに手を抜くことは、娯楽映画つくりにおいては許されない。映像は一級品なのにストーリーテリングは2級品。これは実にもったいない。

理由付けさえキッチリやっていれば、もうちょっと大人も楽しめるのだが、現状では『ナルニア国物語/第1章:ライオンと魔女』は、少々対象年齢層が低めだ。まあ、ディズニーのことだから、第二弾以降はそのあたりのユーザーの反応を敏感に察知して、うまく修正してくるはずである。そちらに期待したい。



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